禅の御伽噺(おとぎばなし)熱罵嗔拳(ねつばしんけん)

  • 2020.04.09 Thursday
  • 17:54

JUGEMテーマ:

札幌支部 石狩道場 2020/2/7 10:44

札幌雪祭りの雪像

 

禅の御伽噺(おとぎばなし)熱罵嗔拳(ねつばしんけん)

 

 世間では臨済の独参を室内で訳のわからない禅問答をするという位に思っています。ワイドショーで喝を入れるコーナーがありますが、禅と言えば「喝」と言われたりすることを空想します。

吾人間禅で参禅したこともある居士が、師家の熱罵を大いに誤解して、情緒不安定、癇癪持ちだと評したのには何とも閉口し、この方に何と説明したらよいか思案した経験があります。

 この「熱罵嗔拳」も現代ではもう御伽噺になるのでしょう。

世界の禅者として有名な鈴木大拙氏が洪川禅師の刻苦参究、辛酸苦修の逸話として、次のように述べられております。

 ある時、洪川禅師が大拙和尚の仏光録(仏光国師―円覚寺開山無学祖元の語録)の講座を聴聞していた時、国師が幼時、父に連れられて、山寺に遊びに行った時、僧が「竹影堦を掃うて塵動ぜず、月潭底を穿って水に痕なし」と漢詩を朗々と吟ずるのを聞いて何か心に思い当たるものを覚えたということを述べられた 。

洪川禅師もその講座でその詩を聞いて、忽ち、肺腑に徹し 洞然として胸中に滞っているものが解けていくような気がしました。

 和尚の提唱が済んでから、その室内にはいって見解を呈せんとしたら、和尚は怒り罵った上に洪川禅師を打ちのめした。それからというもの、参禅の度に同一の扱いを受けたと言います。

ここのところは「師即ち洪川禅師亦自ら鞭逼(べんひつ)精励、刻苦一日一日よりも甚だし。晨参暮叩(しんさんぼこう)頭燃救う(はらう)が如し」。と、朝晩二回の参禅に向けて、あたかも頭についた火を必死で消そうとするように真剣に公案を工夫したのであります。そして、拙大拙和尚も「依然として棒喝を捨てず。苟も師の面を見れば、忽ち憤怒を発する事、恰も讐敵の如し」

 洪川禅師に対する大拙和尚も棒喝を捨てず、まるで、親の仇にでもあったように憤怒の表情で大いに鍛え抜かれたのであります。師家の側から見て、熱罵嗔拳は実は慈悲の涙の結晶なのであります。この慈がなかったら、弱り切っている弟子の上に嗔拳を加えることは出来ません。ことに弟子が何かの薄明かりに逢着したという時には、決してこの手段に隙を見せてはいけません。

 (**せずんば啓せず、悱せずんば発せずといいますが、憤とか悱とかは実は分別意識の底を破る鉄槌、即ち有効な手段なのであります。

(**)参考

論語述而編 子曰く、憤せずんば啓せず 悱せずんば発せず。一隅を挙ぐるに三隅を以って反せずんば、即ち復(ふたた)びせず

 通釈宇野哲人氏 

人が教えるには、教えを受ける人に教えを受けるだけの素地が出来たのを見て、教えを施すべきものである。もし、ある事を研究して、これを知ろうと求めてもまだよく知ることが出来ないで煩悶しているのを見なければ、その意を開いて知ることの出来るようにしてやらない。もし口に言い表そうとしても、言い表すことが出来ないでいるのを見なければ、十分に言い表す事の出来るようにしてやらない。物の道理は類推することの出来るものである。

ちょうど四隅(よすみ)あるものなら 一隅(ひとすみ)を挙げて示せば、他の三隅(みすみ)を知ることが出来るようなものである。もし一隅(ひとすみ)の道理を示しても自ら三隅(みすみ)の道理を考えて語ることができないような者なら、まだ教えを受ける素地がないので、告げても効がないから、再び告げることはしない。

 解説宇野哲人氏

この章は学者の自ら勉めて教えを受ける素地をつくることを欲したのである。

憤と悱とは誠意が顔色や言辞(ことば)にあらわれたのである。その誠の至るのを待って後これを告げるのである。既にこれを告げれば、必ずその自得するのを待ってまた告げるのである。

憤とかとかはもとより我執とか吾我とかの一念から噴出する心理状態でありますが、これが逆に我執とか吾我を破るところのものになるのであります。

 これを単に分別智といってもよいのですが、打(た)たかれる、それに応じて起つものがあります。これが分別界の常事でこの「応じて起つ」ものがないと霊性の自覚(無相の自己、本来の面目)は成り立ちません。

憤悱は一種の非常心理態でありますが、これがないと「応じて起つもの」の根底、源底に見徹できません。禅者は巧みにこの心理を活用して、有用な人材を育て上げるのであります。

 非常心理態の爆発ということは、人間が仕事をやる上に大切な意義を持つものであります。

よって、禅者の悪罵には大慈悲がこもっているのであります。
千葉金風 記

身体を通して考える僕と座禅(その3)

  • 2020.04.08 Wednesday
  • 16:04

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身体を通して考える僕と座禅(その3)

 

以上をお話しした後、名誉総裁老師よりストレスと身体についてどのような反応が出るかとのご質問がありました。

その場では、その人それぞれに、その人らしい身体の特徴として現れるようなお答えをいたしたのですが、不親切な回答であったと反省し、今更ではあったのですがよくあるパターンをメールでお答えいたしました。その内容も補記しておきます。

ただ、あくまで人の身体は一人一人違うものであり、実際の施療の場でもケースバイケースであることを申し上げておきます。

●頭が固くなる

人の頭は皮膚の下に頭蓋骨があるように感じられますが、実際には脳を保護するため筋膜で覆われています。

ここも施術するのですが、これがさわるとカチカチに固くなっている場合があります。精神的に張りつめており、

態度もかたくなになっていて文字通り「頭が固い」印象を持ちます。

また、パソコンやスマホのモニターを凝視しつづけることで、目も緊張いたします。

●顎をかみしめる

パソコン作業に集中してるうちに、無意識のうちに顎をかみしめる癖が出る。寝ているとき歯ぎしりをしている人もいます。

前述の頭が固くなるのとも関係しますし、単純に言うと顎の後ろの首をねじることで背骨全体のねじれの元になる。

もちろん肩こりや頭痛もおきやすくなる。

●横隔膜が上がっている

横隔膜が上がったままになっており、呼吸が深くできず浅くなってしまう。

そうすると十分に酸素がとりこめないので寝ても疲労が抜けない、という悪循環に陥ります。

腸も固まって動きが悪くなっています。お腹が固くなっているわけですが、どちらが先というよりお互い影響しながら起こっているのだと思います。

●肩が上がっている

肩肘はるような恰好になっています。前述の横隔膜が上がることとも関係しています。

肩や首が固まってきつくなる、テンションが上に上がって興奮が続いて収まらない、落ち着かない、という感じになります。

よく首の下の胸椎1番が緊張しています。それと連携しているのが腰椎1番なのですが、ここが身体の上下運動を司る場所でもあります。

そこを緩めるとテンションを下げるように操作できます。

●手が固まっている

パソコンのマウスを握ったままの形で手が固まっている人もいます。無意識に手に力を込めて握りこんでいるのだと思われます。

手からつながって肩首を緊張させています。

東洋医学では手、腕の内側には精神状態と関わりのあるツボ、経絡があり、固まることで精神状態が緊張します。

施療としては緩めることでリラックスさせますし、腕の外側のツボを調整していくと腸が動いていきます。

 

などなど、簡単に列挙してみました。以上はお互い影響しあっておりますし、ここから始まって身体の別の場所にも影響を与える場合もあるわけです。

しつこいですが、あくまでもケースバイケースであることを重ねて申し上げておきます。

何かの参考になりましたら幸いです。合掌 道庵

面白くなき世を面白く〜新型ウイルスを越えて行こう!〜

  • 2020.04.05 Sunday
  • 16:00

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面白くなき世を面白く
〜新型ウイルスを越えて行こう!〜
栗山令道(宏道会師範)

 

日に日につのる新型ウィルスの恐怖。テレビを見れば見るほど、つい滅入ってしまいがちだ。
その裏の、マスコミが報道していない数多くの重大な事象が気になるが、それはさておいて、相手(ウイルス)をあなどらずに用心をするということには異論はない。
しかし、そのストレスと気の滅入りがまた、感染しやすい状態をつくり、重症化する要因になることを忘れてはならない。
免疫力が落ちるからである。

 

逆に、いかに免疫力を上げるか、感染したとしても、重症化に至らない状態であること、また、いかにしてそのような状態に持っていくかということが大切なはずである。

 

用心と免疫力、どちらが欠けても十分とは言えない。

 

用心、自粛は面白くないが、免疫力には面白味がある。免疫力を上げるために、私は以下の6点をあげたい。

 

―淑な睡眠(リラックスと質)
∪疑(腸内の善玉箘を増やす食。免疫力を上げる食)
よく歩く(下半身の筋肉をつける。紫外線を浴びる…よい睡眠につながる)
ぢ里魏垢瓩
イ茲笑う
Ω撞曚魏爾欧

 

Δ痢峺撞曚魏爾欧襦廚痢峺撞曄廚蓮峙ぁ廚箸盡世ご垢┐蕕譴襪、東洋医学では「気は血(ケツ。体液を含む)の師」と言われるくらい、「気」と「血」は密接につながっている。「気」が胸や頭の方に上がっていれば、「血」が滞るのは必然である。

 

 

また、「呼吸を下げる」は座禅そして宏道会の剣道の「おはこ」でもある。
座禅も素振りも一人でもできる。
剣道で、相手がある地稽古は、実際問題とも捉えることができ、有り難い修行だが、相手がいると、つい呼吸(気)が上がってしまう。迷い、雑念が湧いてくる。そこで呼吸が上がらなければ本物なのだが。

 

時間は短くてもいい、こういう時こそ、座禅、素振りでしっかりと呼吸を下げて、気を澄まして澄まして、自粛が解けて稽古再開となったあかつきには、相手(実生活)があっても呼吸が上がらないという目標を持って過ごしたいものである。

 

合掌 
栗山令道(中央支部

身体を通して考える僕と座禅(その2)

  • 2020.04.01 Wednesday
  • 15:53

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身体を通して考える僕と座禅(その2)

 

 僕の本業は整体師であり、身体と座禅ということを自分なりに考えてみました。何しろまだまだ修行の浅い者ゆえ、そのような者はこのような間違えた考え方をするものだと思ってお聞きください。

 

剣道場の入口 ビルの5階にあります

 

 座禅以前に、僕は人間の身体を会社のようなものだと考えています。そうすると脳とは社長というか経営陣のようなもので、会社全体の方針を決定する役割があると。もちろんそれだけではなく会社にも製造部門や営業部があるように、人間の身体にも胃や腸や手足があって各々の仕事をしているわけです。しかも企業組織として考えると恐ろしく巨大であり、人間の総細胞は一説によると約37兆2000億個、さらに腸の中では腸内細菌が外部の委託業者のように働いていてくれて、これが約100兆個いるといわれています。

 だがしかし、社長はこの社員一人ひとりの様子を把握しているわけではない。でも、現場では熟練の職人のような細胞たちが日夜せっせと自分の仕事をしてくれているわけです。

「腸は第二の脳」という言葉を聞かれた方はいらっしゃるでしょうか。腸内には脳細胞に匹敵する数多くの神経細胞がネットワークを形成しており、独自の活動をしている。それを指して第二の脳と呼んだりするのですが、これは不遜な言い方だと思っております。世の中脳がない生物がゴマンといるわけで、生物の進化の歴史の中では腸と皮膚の原型が最初にできたのであり、脳ができたのはよっぽど後であります。それを後から来たやつが先輩を差し置いて一番偉そうに振る舞う。これは脳、というか意識至上主義があるから生まれた言葉だと思うのです。あたかも意識で知覚できる部分のみが自分のすべてと思いがちですが、知覚できる部分は自分の存在のごくごく一部にすぎないわけであります。ほとんどの部分は知覚できない。知覚できないがもちろん存在して一人の人間が生きている。それが、とくに最近は脳ばっかりがもてはやされて、脳で考えられていることが自分のすべてであるような風潮があると思います。

 そもそも人間の身体とは自然のものであります。自然とはいくら科学が発達しても人知の及ばない存在であります。それを「既に分かっているもの」として扱うか「まだわからないもの」として扱うかでやり方は変わってきます。わかっているのだから、こうすればこうなるはず、と扱ってしまうと、実は違っていて大失敗をすることもあるわけです。わからないなりに、まるごと扱う、これが肝要かと思います。

 で、座禅の話でありますが、僕が最初に老師から伺ったのは座禅とは考えない力を鍛えるものだ、ということでした。考えない、でも自分は存在しているのであり、ひとつにはそれは自分の主導権を意識から知覚できない身体に戻すことなのではないか、と思ったりするわけです。

荻窪剣道場。ここで座ります 

 

 話は飛びますが、意外にも「精神」という言葉が日本語に生まれたのは意外に最近で明治のころで、英語のspiritを翻訳するために新しく作り出された言葉なのだそうです。キリスト教の考えでは肉体とはそれだけでは役に立たないガラクタのようなモノにすぎない。そこに神様から賜ったspirit精神が入ることで初めて役立つものとなる。心身二元論の考えが根底にあるわけです。

 非常な乱暴な考えではありますが、であるなら明治以前の日本人には心と身体を分けるという考え方がなかったのではないかと。心と体は別だ、いや一体だ、という議論ではなくて、心と体を別にするという考え方そのものが理解できないのではなかったかと。そうすると自分の存在を高める方法は、必然的に肉体を入り口にするしかなかったのではないかと思うのです。

 僕は人間の心のありようは、身体の状態に大きく左右されると思っております。自分の意志や物の考えは頭の中だけのものと思う人も多いかと思いますが、僕はそう考えません。

 ごくごく単純な例ですが、今自分のお腹が痛いとしましょう。このタイミングでアンケートが渡される。「日本の未来はどうなると思いますか?」痛いお腹を抱えながら考えると、なんか先行き暗いんじゃないかなぁ、と答えるかもしれません。逆においしいものをたくさん食べて上機嫌なときにアンケート渡されたら、バラ色の未来が待っているなんて答えるかもしれません。これはお腹が痛いという分かりやすい状況ですが、私たちの身体は常に何かしらの状態にあるわけです。なぜだか気分が悪い。そうすると人間とは常に答えを探そうとするクセがありますから、ああ職場の上司の性格が悪いのがストレスなんだ、と原因を探そうとする。僕の仕事でみると、そうではなく、骨格が歪んでいて無理な姿勢をとってるからという場合も多いのです。それを解消すればスッキリする。もちろん上司の性格が悪いのまで解決するわけではないのですが、生活の中のストレスと身体とはお互い影響しあうわけです。

 自分が座っているときも、何か雑念がいろいろ沸いて集中できないときは、気が付くと姿勢が崩れていたりします。それを直すと集中できるようになる。集中しろ集中しろと頭の中で頑張るのではなく、身体の状態を整えることで自分の状態が整う。これはやはり正しい事をやってるんじゃないかと思うわけです。

 なにしろ脳偏重の世の中で、極端な考えには首から下はもうロボットでいいんじゃないか、もっといくと脳内のデータを電子化すれば永遠に生きられるんじゃないか、みたいな事を言う人もいます。これは絶対に許せない考えであります。肉体なんてもういらない、なんて社会になったら僕の仕事はいらなくなって失業してしまうわけで、こんなことを絶対に許すわけにはいかないのであります。

 また話は飛ぶのですが、世の中、道徳観念にもいろいろあって、一方には人間なんぞはロクなものじゃなくて好き勝手にさせると悪いことしかしない。だからこそあれをやっちゃいけない、これをやらなきゃいけない、とルールを強制しないといけない、という考えがあります。他方、これもダライラマの本を読んで僕が勝手に解釈しているのですが、人間にはだれにも良い本質があるのだと。それを仏性というのだと僕は解釈しているのですが、それを磨いて出てくるようにすれば、ああせいこうせい言わなくても、しかるべき時にしかるべき行動をとるようになる。外から強制されなくても自然にそうなるようになる。勝手にそうなる、というのが魅力であります。世の中、いかにも良い事やってますとアピールをする人もいます。かくいう自分もそうだったりします。それがバレバレで後で指摘されてものすごく恥ずかしい思いをすることもあるわけです。座禅を続ければそういうこともなくなるのかと期待しつつ、修行を頑張ろうと思います。

 

合掌 道庵(東京荻窪支部) 

 

身体を通して考える僕と座禅(その1)

  • 2020.03.31 Tuesday
  • 11:13

身体を通して考える僕と座禅(その1)

 

 そもそも僕が座禅を始めたきっかけなのですが、2016年11月にダライラマ13世が日本にいらっしゃいました。そして横浜で講演をされるという。その前からダライラマのご本は読んだことがあり、ああ、良いことを言ってらっしゃる、その方が横浜に来る。それで1回生きているのを見てみようと思って行ってみたのです。その時はそんな大層な意気込みで行ったのではなく、年も年だし、もう日本に来られないかもしれないし、一度生きている姿を見ておこうなんて、なんかパンダか何か見に行くようなつもりで行きました。

 で、その時のお話がやっぱり良かった。仏教の考えでいうと世界というのは何か中心があるのではなくて、全てのものがお互いつながりあって影響しあって成り立っているのだと。だから世界を平和にするためには、まずあなたが平和になりなさい。その上で人には思いやりをもって接しなさいというお話だったのですが、これが僕には新鮮で、安心できるお話でした。

 

JR荻窪駅界隈。会社員の方々が行きかいます

 

 世の中、道徳観念といっても色々な考えがあります。一方では自分の事は置いておいて他人のために尽くしなさい、みたいな考えもあるわけです。こんな人が身近にいてくれたらとっても助かる。なにしろ自分は苦しくても他の人を助けてくれる。自己犠牲ですね。結構じゃないか、ありがたいじゃないか、えらいなあ、みたいな感じもします。しかしそれだけで済むのだろうかと思うのです。私は自分を犠牲にして他人のために尽くします、と言いながら無言のうちに「当然、お前もそうするよな?」という視線を送っているような気もするのです。で、見られたほうは「え?ええ、もちろん。あなたも当然そうですよね?」とまたとなりの誰かを見る。そんな相互監視のギスギスした社会になるような感じもするのです。そして行き着く先は、世の中もっと苦しんでいる人がいるのだから自分は人生楽しんじゃいけない、そんな禁欲的な価値観を押し付けてくるイヤ〜な社会が待っているのではないかと。

 それに対して、ダライラマはまずあなたが平和になりなさいとおっしゃった。その上で思いやりをもって人に接しなさいと。全部つながっているのだから、結果としてそれで世の中全体も平和になるのだということです。

 で、じゃあどうしたらこの僕が平和になれるんだといえば、さかんに瞑想をすすめてくるわけです。あのダライラマがおすすめするんだからきっと瞑想って良いんだろう。そう思いました。

 その時、けっこうテレビでもマインドフルネスが良いよ、最近ブームだよ、といろいろやっていました。何しろGOOGLEでも社員教育に取り入れていて、しかも宗教じゃなくて科学的だからとっても安全。いいなコレ。僕もネットでマインドフルネスの道場探してそのうち行ってみようかなあ、なんて思っていました。

荻窪座禅会の看板

 

 そんなことをやっているうちに、たまたま人づてに人間禅のことを聞き、ネットで検索したらウチの近所の荻窪で座禅会をしているという。うわラッキー、座禅って瞑想みたいなヤツなんでしょ? と、そんないきさつでこちらにお世話になるようになったわけです。で、初参加した翌週に香水さんから来週老師がいらっしゃるから会ってみませんか?公案修行もできますよ、とのお話を伺いました。で、老師って誰? 公案って何? と。僕だけじゃなくて現代の日本人だったらそんなもんじゃないかと思うのですが、翌週初めて老師にお会いしたら立派な髭を蓄えたご老人が着物でデンとお座りになってて、うわホンモノだ、こんな人今どき日本にいるんだ、というのが第一印象でした。そして公案修行もぜひやると良いよ、でもやるなら覚悟をきめてやれ! と勧められました。で、すすめられて公案修行も始めたわけです。

 とにかく僕はなりゆきでここまで来ているわけです。今回、お話しを任されて自分の座禅のきっかけを思い返してみたんですが、僕には主体性が無いんですね。ただ流れで今ここにいるのを分かったような言葉で言えば仏縁というのかなと思います。

(あと未だに座禅って何なのかがわからない。ただ言い訳がましく言えば、続けていてそのうちにわかるものなのかどうかもわかりませんが、おそらくやらなければわかることはない、であるなら分かってから始めようと思っていたら一生始めないわけで、そしておそらくやってないよりやってるほうが何か良いんだと思います。)

 ただ、僕は公案修行を始めてから入会、入門まで半年ほど辞退しています。公案修行を始めてすぐに入会を誘われたのですが、考えたうえでやっぱり止めときます、とお答えしたのです。

 というのも、ほかの方の入会式にも立ち会ったのですが、その時「宗教法人人間禅」という宣言を聞いてやはりビクッとしました。そうか宗教なのか、いやそりゃ仏教なんだから仏教って宗教だよな、でも宗教かあ、と。

 今更ながらオウムみたいのだったらどうしよう、とか思うわけです。それと僕の出身校は自由学園といってキリスト教を教育の土台にしている学校です。ですので、おそらく一般的な大多数の日本人よりか宗教というものになじみはありました。

 まずオウムっぽいかどうかは、座禅したあとによくお酒のんでご飯食べながらおしゃべりしたりするし、あと選挙もあったのですが「今回は須藤さんもどこどこの党に1票を・・・」なんてこともありませんでした。そんなだから大丈夫だろうと。

 それはそれとしても、でもやはり宗教というのは重いわけです。何かのカルチャーセンターやお稽古事に入るのとは違う。たとえば何かのお稽古だったら途中で僕はもうこれぐらいでいいです、とか上手にならないじゃないかウソツキと言って辞めることもできるが、宗教とは人間の土台になる物だからそうそうお手軽には扱えないと思ったのです。

 そんなこともあり、入会は辞退したのですが、公案修行はそのまま続けるお許しが出て、半年もそのまま続けていたら、お前そろそろいい加減にしろよみたいな感じになり、自分でも半年続けていて危険な目にもあわず、やはり続けるのは自分のためになってるじゃないかと思って入会(平成30年8月24日)した次第であります。(つづく)

 

合掌 道庵(東京荻窪支部

検事と禅(その5)

  • 2020.03.28 Saturday
  • 11:13

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検事&禅(その5)

 

犯罪者を受け入れる

検察官の心構えとして、この「人を憎まず」ということができなければ、犯人を反省悔悟させることはできない。先ほど、「親心」と言ったが、それは仏教でいう「慈悲」と言い換えてもよいであろう。

老師の言葉を借りていえば、相対の世界にいる限り、自と他が分かれ、相手との比較がでてくる。しかし、これを、坐禅、数息観によって三昧になり、相対から絶対に行けば、自他のあぜが切れて、他人を我が面と見ることができるようになる。これは、検察官だけでなく、社会が犯罪者と接する時にも同じことである。

犯罪者は、罪を償い終わると、いずれ社会に復帰する。そのときに、あの人は殺人者だから、怖い人だ、近くにいてもらっては困るということになると、社会に復帰することはできない。結局居場所がなくなって、また罪を犯すということになってしまう。

保護士の仕事は、刑を終えて社会に復帰した犯罪者の更生を支援することである。ある保護司の方は、口では、地域みんなで仲よくという言葉をよく口にするが、その中には受刑者は含まれていない、犯罪者であるとわかると部屋を貸してくれない、仕事も首になるということを言われたことがある。

 

善福寺公園の桜

 

「罪を憎んで人を憎まず」、この言葉通りにやることは、非常に難しい。自分が禅の修行をし、数息観をすることで道力をつけ、さらに参禅弁道によって道眼をひらくことによって、衆生本来仏なり、自分の中に仏がいる、だれもが本来の面目である、しかし、その本来の面目が雲に覆われているということに気付かなければ、それを取り除こうとすることはできない。いつまでも欲望に振り回され、ひいては犯罪者になってしまう。

他方、犯罪者を憎み続けていては、「他人をわが面とみる」ことができない、これも五蘊にとらわれているということになる。

「人を憎まず」というのは、口で言うのは簡単だが、実際にそれを行動や態度で表すということまでいくには、やはり、原点に戻って「衆生本来仏なり」「他人をわが面とみる」ということが単に頭ではなく、肚の底からそれが体得できていないと無理であろう。

最近、少年院や刑務所で、受刑者に、瞑想、「マインドフルネス」を矯正教育の一環として取り入れはじめている。新聞報道では、アメリカの刑務所では、「瞑想」を取り入れたことで、再犯率が半分に下がったケースもあるということが紹介されている。

瞑想は、結局のところ、坐禅そのものであり、日本の禅の教えが、刑務所でも取り入れられているということである。

これまでは、犯罪者を追及する検察官の立場であったが、これからは、弁護人として、刑事事件に携わりつつ、かつ禅者の立場から、「罪を憎んで人を憎まず」、この言葉を肚の底におきながら、犯罪者の更生にも力を入れていきたいと思っている。(終わり)

 

香水(東京荻窪支部

検事と禅(その4)

  • 2020.03.24 Tuesday
  • 05:20

検事&禅(その4)

 

「罪を憎んで人を憎まず」

検事になった当初は、犯罪者はどこか自分とは遠い人、自分の住んでいる世界ではない遠い世界に住んでいる人、検事として犯人を追及する側と犯罪者として追及される側との間には大きな溝があると思っていたが、実際に調べを通じて犯罪者と向き合うようになって思うことは、「犯罪者は決して特別な人たちではない、検事と犯罪者の差は紙一重でしかなく、自分もひょっとしたら犯罪者になったかもしれない。」ということである。

これまで運よく犯罪に手を染めないで生きてこられたが、もし、別の時代、別の親、別の環境に育っていれば私だって殺人者になったかもしれない。たとえていえば、塀の上を歩いている状態で、少し体がゆれて足をふみはずして、刑務所の塀の中に入ってもおかしくないと感じるようになった。

幼少時に満足な食事が与えられない、毎日空腹であった、そのために盗みをするようになり、そのうち強盗までするようになった。あるいは親から暴力を受け虐待を受けてきた、そのために大人になって、今度はわが子に暴力をふるってしまったという場合がある。空腹のためにパン1個を盗んで刑務所に入ったレ・ミゼラブル「ああ無情」の話しのとおりである。

また、犯罪は、いろんな要素が重なり合って実現する。さまざまな諸条件が重なり合い、犯罪という結果を引き起こす。仏経でいえば、因果、あれなければこれなし、縁起といってもよい。

検事も犯罪者も同じ、自分もそうなるかもしれないと思うからこそ、調べをしながら思うのは、二度とこのようなことをしてほしくなく、このようなところに来てほしくないということであった。犯してしまったことは悪いことであり、罪の償いをしなければならないが、やったことをしっかり反省し、もう二度と同じ過ちを繰り返さないでほしいと心から願う。そのためには、時には厳しく叱責、般若の顔をして怒ることもあるが、決して憎んでいるからではなく、むしろ逆に親心からであった。

 

清明庵の前の善福寺公園。摂心の朝のラジオ体操はこの池の前で行う

 

「罪を憎んで人を憎まず」 この言葉の由来は、「孔叢子」(こうぞうし)刑論にある孔子の言葉「古之聴訟者、悪其異、不悪其人」(犯した罪は憎むべきだが、その人が罪を犯すまでには事情もあったのだろうから、罪を犯した人そのものまで憎んではいけないという教え)にある。聖書(ヨハネ福音書8章)にも「罪を憎んでも人を憎まず」という言葉があり、同じ意味と解釈される。

 江戸時代の大岡越前や時代小説「鬼平犯科帳」には、盗賊を捕まえて厳しい処罰を与えながらも、一方で温情を与える人情味豊かな主人公が描かれており、日本社会では、比較的浸透している言葉であろう。

我が国の刑事訴訟法には、「起訴猶予」制度といって、罪を犯したことが明らかでも、犯情や年齢等を考慮して起訴しないことが許されているが、これも、一つの「罪を憎んで人を憎まず」という考え方の現れといってもいいかもしれない。(つづく)

 

香水(東京荻窪支部

検事と禅(その3)

  • 2020.03.22 Sunday
  • 05:02

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検事&禅(その3)

 

仏典に登場する犯罪者アングリマーラ

ブッダの弟子の中に、以下のような、残忍な盗賊アングリマーラという犯罪者がでてくる有名な逸話がある。

「あるところに、アングリマーラという残忍な盗賊がいた。彼は、人々を殺して、殺された者の指で作った首飾りをつけていた。話しでは、999人を殺して、ブッダが千人目とある。そのアングリマーラがいる村へ托鉢に出かけたブッダが、周囲の人が盗賊に殺されるから行かないようと止めたが、黙って進んだ。

アングリマーラを何等恐れていないブッダの姿を見て、ブッダに弟子入りを願って許される。その後、ブッダの弟子として修行を続け、立派な長老になっていった。」

清明庵の入口。誰をも受け入れる禅道場

 

以上の話は、凶悪な犯罪者でも改心すれば仏になれることを教えるためと言われるが、私が注目したのはこの後の部分である。

「しかし、あるとき托鉢に出たアングリマーラは、町の人から石や棒を投げられ、体にあたって血が流れ、服もぼろぼろになった姿でブッダの元に戻った。これは、かつてアングリマーラによって殺された親族たちによるものであった。その姿を見ていたブッダは、『忍受せよ、そなたがその行為の果報として何年、何百年、何千年、地獄で苦しむであろう。その行為の果報を現在に受けているのだよ。』と言った。」(原始仏典「中部経典」径茖牽況弌―媾社 中村元監修 参照)

罪を犯したこと自体は、自分の欲や我に取りつかれ、五欲七情に振り回された結果であり、決して許されることではない。ブッダも、アングリマーラが遺族から石や棒で殴られることを「受忍せよ」と言っているということは、罪を償う必要があると示している。

現代社会においては刑罰でもって罪を償う必要がある。

刑罰には、抑止力があると言われる。殺人を犯したら懲役〇年、無期、死刑になりますよ、だからそのようなことはしてはいけません。要するに、殺人を犯しても、何も得なことはありませんよ、だからやめましょうということである。しかし、これでは、社会におけるルールであり決まり事であって、道徳や徳目に類するものとなってしまい、なぜ本当に罪を犯してはいけないのかの理由にはならない。

禅的な見方をすれば、欲望や執着心に取りつかれ、五欲七情に振り回された結果、雲に覆われて本来の自分を見失ってしまった、そのことに気づかせる必要があるからこそ刑罰が必要だといえるのではないだろうか。(つづく)

 

香水(東京荻窪支部

検事と禅(その2)

  • 2020.03.21 Saturday
  • 09:43

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検事&禅(その2)

 

人間は生まれながらに共感力を有している

人間には、生まれながらに他者に共感できる能力を有しており、このことは、「社会生物学」における研究結果からも裏付けられている。

乳幼児の社会性の発達に関する最近の研究によると、生後6か月の赤ん坊でも、困っている他人を助ける個体と意地悪な個体とを区別し、後者よりも前者を好むことが明らかにされている。

また、ヒトが他者に対して協力的に振舞うことの基本に、「共感」という感情があるが、共感の脳神経基盤について、以下のような研究結果が判明している。

他個体が痛みを感じているのを見ると、自分も同じように痛みを感じる。これを「情同伝染」といい、これはネズミでも見られるが、ヒトの場合は、他人が第三者からいじめられる、悪口を言われるといった、いわば「社会的な痛み」を感じているのを見たときにも同様に「痛み」を感じる。このときに活性化する脳部位は、単なる「情同伝染」ではなく、高度な情報処理にかかわる「前頭葉」が活動しており、これが「認知的共感」と呼ばれている。「認知的共感」とは、自己と他者は別であることを認識し、自分に起こったことではないことを承知した上で、他者の状態を想起し、同情するというもので、ヒトをヒトたらしめている能力であると言われている。この前頭葉の一部に、先天的あるいは後天的に大きな損傷がある人は、一般の人々と同じようには共感を感じとれず、連続殺人犯などの殺人者の脳は健常者のそれと比較して前頭前野が明らかに不活性であることも脳の画像結果から明らかにされている。

清明庵前の善福寺公園に聳える木

 

このように、人間は生まれながらに他者に共感できる能力を有しているのだが、成長するにつれて、さまざまな欲望や執着心が芽生え、それらの雲に覆われて本来の姿を見失ってしまうのである。(つづく)

 

香水(東京荻窪支部

検事と禅 (その1)

  • 2020.03.20 Friday
  • 10:44

検事&禅(その1)

                   

人はなぜ罪を犯すのか?

人は何故、罪を犯すのだろうか。ある人が憎い、殺してやりたいとい気持ちがあったとしても、通常であれば殺害行為には及ばないが、中には、一線を越えて殺人を犯してしまう人がいる。どうなれば一線を越えてしまうのか、なぜ犯罪者になってしまうのか・・・

清明庵茶室の中川香水禅子(東京荻窪支部長・元検事)

約30年弱の検事人生の中で、さまざまな犯罪者と向き合ってきた。殺人、強盗、強姦などの重罪から傷害、窃盗などの軽犯罪、覚せい剤、大麻密輸などの薬物犯罪、脱税、贈収賄などの経済事犯。暴力団組員もいればサラリーマンや万引を繰り返す主婦もいる。

犯罪にいたる原因もさまざまである。金銭欲、性欲などの欲望による犯罪、怒りや憎しみからの犯行、相手を愛するがあまり生じる支配欲求など新聞やワイドショーなどの犯罪ニュースで報道されるとおりである。

これらは、全て人間の欲望、執着心に基づくものである。欲望に振り回され、それに支配され、周囲が見えなくなる、いわば欲望にのっとられた状態といってもよい。自分の欲望のためには相手が傷つこうが、苦しもうが全く意に介さない。常に「自分」のことしかなく、自分以外の他者への尊重ができなくなってしまう。

ある性犯罪の被疑者に、「もし自分の母親が、妻が、娘が同じような被害に遭ったらどう思うか。」と聞くと、「犯人を絶対に許せない」と言うが、自分が犯罪を行っている時には、そんなことを一切忘れてしまっている、それほど欲望に支配されている、禅の世界でいえば、「我」「五欲七情に支配された」状態といえる。

生まれながらの犯罪者という人は一人もいない。どんな親もわが子の幸せを願っているし、ましてやわが子を犯罪者にならせようと思う人などいない。

白隠禅師の坐禅和賛の冒頭にあるように、「衆生本来仏なり」、生まれたときは、みな仏である。自分の中に仏があるように、相手にも仏がある、自分がオンリーワンで大切であるように、相手もオンリーワンで大切である。相手の苦しみや悲しみが自分の苦しみや悲しみであるということに気付きさえすれば、相手を傷つける行為には及ばないはずである。(つづく)

 

香水(東京荻窪支部

オウギヤシという植物

  • 2020.02.18 Tuesday
  • 14:00

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 インド西ベンガルの冬はけっこう寒いです。とはいえ、4度以下になることはなく、霜が降らないので日本で見られない熱帯植物が色々みられておもしろいです。
 このヤシの木はインドの東北部ではどこでも見られるオウギヤシ、ここでは実を食べたり、樹液から砂糖や酒を作ったりします。ベンガルではタール、サンスクリット語では<tara>とよばれています。紙が使われる前は、インドではこの葉でお経を書いていました。葉の表面に鉄筆で文字を刻み、炭を塗り拭き取って文字を残します。葉に横二箇所に穴を開け、紐を通して一枚読んでは向こう側にめくると、散逸しないようになっています。これがインド古来の経の形式<Tara pattra>(貝多羅、貝葉経)です。
 貝葉経は今でも東京上野の法隆寺館で私たち誰もが見ることができます。『梵本心経および尊勝陀羅尼』7世紀初頭頃。インドから中国に渡った僧が梵語で書いた般若心経と陀羅尼経だといわれています(これは墨で書かれている)。しかしながら、こんな葉っぱが、さらにはるばる日本に運ばれ、千数百年も大切に保存されていることは凄いことです。
 2020年、今年の年越しもシアン村で過ごしました。この地は私と主人が学生時代1973年から頻繁に来ている場所です。そろそろ半世紀になります。長かったようで過ぎ去った時は、ほんの一瞬の様にも思えます。

インド西ベンガル州ビルブム県シアン村にて

 

西岡由利子 <東京上野桜木在住 東京支部の坐禅会員>

 

人間禅擇木道場について

  • 2020.01.30 Thursday
  • 19:41

JUGEMテーマ:

 

人間禅擇木道場について

 

 人間禅は千葉県市川市に本拠地を置く宗教法人で、会社員、主婦、学生など様々な方々が日常の暮らしの中で道を求め、共に禅を学び自己の修養を深める、社会人のための座禅道場である。全国に36ヶ所の道場があり、擇木道場は人間禅の東京支部として日暮里の谷中に所在する座禅道場である。

 宗教法人「人間禅教団」の源は、明治8年に創設された居士禅の会である「両忘会」にある。居士禅とは、従来僧侶にしか許されていなかった禅門の修行を、職業を持つ社会人に認め、佛法の正脈を伝える事を認めた新しい禅佛法を言う。

「両忘会」創設の由来は、幕末から明治の剣術家・政治家として知られる山岡鉄舟を初めとする10数名の居士が、国の前途を憂え寺院の伝統の殻を脱却した在家禅の振興によって、有為の人材を養成するために、当時臨済宗円覚寺の管長であった今北洪川禅師を東京に拝請して摂心会を開催し、この集まりを「両忘会」と称したことによるものである。

「両忘会」の主催者となった山岡鉄舟が出家しようとした時、洪川禅師は「失望せざるを得ない。(仏法の)大なるところを攫んで居られないやうな気がしてならぬ」として反対したが、これは決して出家を否定したから出家を止めたのではないと考えられる。

 出家とは自分を徹底無にすることが条件である。姿形を無くし法そのものになることである。空である。しかし娑婆は色である。職業や立場など具体的な姿形を通じて救済の働きを成さねばならぬ。

 洪川禅師は、伝法嗣法は出家が命がけでやるから、君はそちら側で働くべきである。君は特別な働きができるのだから。君という形はふたつとないのだから。形を無くしてはいけない。在家のまま働いて、多くの人を彼岸に渡してほしい。このように言われたのではないだろうか。

 結果として山岡鉄舟は出家せずに「両忘会」を続けていたが、その「両忘会」も何時とはなしに中絶してしまった。

 明治34年に、当時鎌倉円覚寺において参禅していた居士らが、時の管長釈宗演老師のもとに、「居士会」を創設したいため、釈宗演老師の戸籍上の息子である釈宗活老師を東京に拝請したい旨を申し出た。釈宗演老師はこれを許可し、その会に一時中絶していた「両忘会」という名称を与え、ここに「両忘会」が再興されることとなった。

 釈宗演老師は慶応に学んで洋学や英語を学んだり、セイロンに留学したり、日本全国のみならず世界へと行脚し、欧米に初めて「ZEN」を伝えた老師として知られている。

 一方、釈宗活老師は、医者であった父親に才を見込まれて英才教育を受けたが、臨終の母の「富貴栄達を望まず、正しき教えに就いて自分の心を磨いて名珠の如き人間になれ」との遺言を守り、20歳の時今北洪川禅師に入門、洪川禅師帰寂後は釈宗演老師に参禅して厳しい修行をし、29歳の時出家した。そして、明治34年、32歳の時に釈宗演老師に両忘庵の庵号を授与され、その命により「両忘会」を再興したのである。明治38年頃には若き日の平塚らいてうも日暮里の両忘会の道場で座禅をしていたそうである。

 釈宗活老師は明治39年に渡米し、サンフランシスコに北米両忘会を開設した。その後、北米両忘会はニューヨークに移り合衆国の公認を得て、昭和20年まで会は存続し、老師も何度か渡米したとのことである。

 そしてついに大正4年、医科機械商を経営し、禅の修行もしていた田中大鋼居士が日暮里の谷中に「擇木道場」を建設し、両忘会を主催していた釈宗活老師に寄進したのである。ここで、「擇木(たくぼく)」とは「良禽(りょうきん)は木を擇(えら)ぶ」という中国古典 「左伝」の中から採られ、修行者が正しい師家を求めて参禅弁道すると言う意味である。

 大正14年には、認可に伴い「財団法人両忘協会」が設立され、立田英山老師が第一回理事に就任した。両忘協会は、昭和15年には宗教団体法施行により「両忘禅協会」に変更された。

 立田英山老師は、明治26年生まれで、大正5年に東京帝国大学在学中に釈宗活老師に入門。大正8年に東京帝国大学を卒業し、大正10年に中央大学予科、自然科学の教授に就任した。大正12年、30歳の時に「耕雲庵」の庵号を授与され、昭和3年、35歳で師家分上となり、両忘会最初の居士身のままでの法嗣が誕生した。出家しなければ本格の修行ができず、妻を離縁せざるを得なかった今北洪川禅師の時代から、出家が在家を嗣法者にした時代が来たのである。

 釈宗活老師が立田英山老師を法嗣とした決断の背景には、出家か在家かの区別以前に、只々真の求法者でありたい、という願いがあったのではなかろうか。その真剣さが出家か在家かという区別を乗り越え、「二者択一」から「不二」へと飛躍したのだと思う。

 昭和4年、中央大学に座禅の会である「五葉会」が結成され、これが機縁になって各大学に座禅の会が結成された。

 昭和11年には、千葉県市川市に現在の人間禅本部道場が建設された。本部道場は今も当時の面影を十分留めており、会員の手で大事に守られている。

 この後、戦中戦後の時代が来るが、混乱の中の巡錫は困難を極めたという。例えば立田英山老師が北海道の摂心会に巡錫の際には、身動きできない混雑の中で汽車に揺られ、海を渡るには蟹工船にまで乗ったということだった。

 昭和22年、突如「両忘禅協会」は釈宗活老師によって閉鎖された。

 理由は明らかにされていない。この時のことを立田英山老師は、「私の20数年に亘る宗教生活の基盤が足元から崩れ、途方に暮れてしまいました、ただわずかに自利利他の素願の達成はあらゆることに優先し、誰人といえどもこの志だけは奪えないという信念と、志を同じゅうする少数の道友に励まされて」翌年ただちに「人間禅教団」を発足させたと振り返っている。

 昭和24年、立田英山老師は人間禅を設立し、その初代総裁に就任した。その「立教の主旨」には、従来の「伝法のための伝法」ではなく、「布教のための伝法、世界楽土の建設のための立教」であることが明記された。人間禅の精神としては、人間味が豊かなこと、各自の個性を重んずること、神秘性を説かないことが挙げられた。科学者らしい合理を重んじた明快な宗教観と言えるであろう。

 釈宗活老師は両忘禅協会閉鎖の理由を語らなかったが、老師自身が幕を引いたことで、出家のしの字もきれいに無くなり、伝統的な寺や僧や歴史的なしがらみがもたらす全てが払拭され、「在家の、在家による、在家のための僧伽」が誕生した。

 換骨奪胎されて残ったもの、そこに永遠にあるもの、それは釈尊の悟りであり、仏法そのものである。純粋に真っすぐに自己に向かう努力を惜しまず、やがて人々と共に彼岸に渡る、その誓願である。娑婆に生きる者自らが任に就き働く道がここにある。釈尊の神髄は天地を窮め、人間禅という在家禅の存在そのものの中にも生きているのである。

 その後、擇木道場は建物が老朽化したため、多くの関係者による寄付金によって、昭和63年に第一期改築工事、平成4年に第二期改築工事が完了して現在に至っている。擇木道場は人間禅の東京支部として、支部員をはじめ、禅を志す人々が日々、修行に精進している。

 

人間禅擇木道場

 

擇木道場の禅堂

 

参考文献

「擇木道場創建100周年記念 蒼龍窟今北洪川禅師から山岡鉄舟への手紙」 平成28年2月14日発行 著者:慧日庵笠倉玉溪 発行所:宗教法人 人間禅 擇木道場

 

「宗教法人 人間禅教団30年史」 昭和53年5月5日発行 発行者:人間禅教団30年史 編纂委員会 発行所:宗教法人 人間禅教団

 

合掌 風印(東京支部) 拝

 

深い河

  • 2020.01.20 Monday
  • 00:29

 遠藤周作の遺作である。クリスチャンで有名な著者であるが、東洋的な汎神論的な色彩を出している。

 突然、それまでの人生に疑問が生じた登場人物がなぜかインド・ガンジス川へのツアーに参加する。

  会社人間、磯辺は、仕事や業績が全てだと思ってきた。自分が先に死ぬと思っていたら、妻が先立ってしまった。そこで気付く。「生活と人生とは異なるのだ」と。生活のために交わった人は大勢いたが、人生の中で本当にふれあったのは妻と母しかいなかった。数えきれないほどの男女があるのに、人生の同伴者となった縁。それは偶然の出会いではあったが、ずっと以前からの流れの中の必然のようにも思えた。

  沼田は、幼少期を満州大連で過ごす。沼田の唯一の話し相手が捨て犬の「クロ」だった。クロだけが沼田の悲しみを理解した。彼は命あるもの全てとの結びつきに惹かれ、童話作家となる。彼の童話の中では全ての生き物が通じ合っていた。昔の結核が元で沼田は長い闘病生活を送る。そこで彼が本当に対話をしたのは九官鳥だった。一か八かの大手術で生き延びるが、その九官鳥が身代わりに死ぬ。沼田はガンジス河でなら九官鳥に会える気がした。

  事業家木口は、戦時中インパール作戦で死にかける。救ってくれたのは戦友塚田。戦後、二人の死んだ戦友南川の遺族が塚田を訪ねてくる。それから塚田は肝臓が破壊されるまで酒に頼る。実は、彼は木口と生き延びるため、南川の死肉を食べていたのだ。恩人塚田は苦しんで死んだ。木口を救うために人の肉を食べたこと、その罪の意識に勝てなかった。木口の足は再びインドを目指した。

  成瀬美津子は、地方の裕福な家の娘で美貌の持ち主。四谷近くの都心の大学に都心のマンションから通う。男友達にも不自由しなかったが、見合いで有名建築業者の息子と結婚する。ゴルフと車に夢中の堅実な実業家だったが、世間的に真っ当な日々に心が納得せず離婚する。自分はなぜ空虚なのか。世間的には満たされたかに見える人生の中で、人を愛せない自分に物足らなさを思う。大学時代弄んだ同級生大津の噂に足はガンジス川に向かう。 

インドのバナラシは、ガンジス川の聖なる地。沐浴のために多くの人々が訪れ、死ぬために多くの人が来る。死の灰の中で身体を清め、生も死もどんな人生も引き受けてくれる。その象徴が女神チャームンダ像。人々の苦しんできたすべての病気に罹り、コブラやサソリの毒にも耐える。それなのに、喘ぎながら、萎びた乳房で乳を人に与えている。

  美津子の同級生大津は、権勢家の一族に生まれながら、世俗に興味がない。ただ、母の影響で神と共に生きていることを実感しながら育ってきた。美津子に舞い上がり、幸せな結婚を夢見るが、捨てられる。再び神を実感する彼はフランスに渡り神父を目指す。ところが、彼の神は「はたらき」であり、どこにでも、いつでも傍にいる。そんな考えが汎神論だとして、異端扱いされ、神父になれず、このバナラシで、金のないアウトカーストの死骸運びをしていた。

 そこに美津子たちの日本人ツアー一行がやってくる。その一人の傲慢な振る舞いは、地元民の怒りを買う。逃げ惑う日本人観光客に代わって、大津は地元民からの暴行を引き受ける。そして、あの世へ行こうとしている。もう休みなさいと神から召されるのかのように。

  一方、磯辺、沼田、木口、美津子は、全てを包み込むガンジスの流れに接し、これまでの流される生活ではない、生きる日々を思い出したかのように帰路に就く。

  「酔生夢死」という言葉がある。酔っぱらったように生きて、夢見心地に死んでいく、という意味でもないらしい。

  出典には、「高才明智といえども、見聞に膠するは、酔生夢死して、自ら覚らざるなり」

とある。*膠する(こうする):こだわる

  まじめに授業を受け、多くの読書を重ねるだけでは、いくら才能があっても、本当の人生は味わえませんよとのことらしい。

 我々は、この文明の中で、その文法、作法を所与のものとして理解し、それを絶対として学んで生きて行く。

  ところが、何かのきっかけで、大きな人生の問題にぶつかった時、理屈では超えられないものに気付く。

 ガンジス川に身を浸すことで全てが包み込まれる体験を自覚した成瀬美津子の姿を、我々への一つの答えとして遠藤周作は「深い河」で示したのかもしれない。

 

日峰(東京荻窪支部

ちょっと禅的な自由詩

  • 2020.01.19 Sunday
  • 20:12

JUGEMテーマ:

 

何かを書こうにも、言葉はあっという間に色あせて、私は押し黙る。
あんなに強く思っていたのに、今日は何も感じない。

 

私の心は何処へ行ってしまったのか?
私の身体は昨日と同じようにここに在る筈なのに。

 

心の裏切りに、肉体から涙がこぼれ出る。

 

私がない。
その深淵に灰色の虚空を見る。私は宇宙の粒になって漂い、彷徨う。
私を捕まえてと、叫びながら。

 

香春(東京支部

個人が先か、経験が先か?

  • 2020.01.19 Sunday
  • 19:51

 

西田幾多郎が言った、

「個人あって経験あるにあらず、

経験あって個人あるのである」(「善の研究」)

????

 

「自分」が花を見たり、

鳥の声を聞いたり、

していると思っているが、

 

「個人」が花を見ているのではない

眼で花を見た

耳で鳥の声を聞いた

との認識が発生した後に個人が発生するそうな

 

この自分という個人は、

一瞬、一瞬、違った内容として

発生し続けている感覚に過ぎない

決して個人というような確固不動な実体はない

個人は瞬間・瞬間消滅している無数の感覚の流れ

いつも現在進行形の現象ということらしい

 

頬をさすると、確かに個体としての「自分」があるように思うが

しかしこれは「肉の固まり」に過ぎない

 

木や石と違って人間には「意識」がある

意識は鳥の声とか、花の色が、

感覚器官に入ってくる瞬間に起こる

 

すなわち、個人とは、

肉の固まりと感覚器官を通して入ってくる経験によって

成立している幻覚らしい

 

ならば、

我々の眼や耳などを使って

見たり、聞いたりさせているものがあるのだろう

 

道元禅師は

「本来の面目」と題した歌で、

「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて冷しかりけり」

と歌っているけれど

 

日峰(東京荻窪支部

父の死

  • 2020.01.15 Wednesday
  • 04:15

父が息を引き取った

肌の色や表情には何の変化も見られないが

ピクリとも動かず

恐らく意識もない

コンセントの外れた電化製品のようだ

 

生命エネルギーが注入されなくとも

この身体も

やがて因果の流れにより

宇宙の中に同化してゆくのだろう

 

一方、今も

生命エネルギーが注入されている

私の身体も因果の流れの中にある

 

生命エネルギーは

この眼や耳などの五官を使い

意識を生じさせ

私(?)をどのように動かそうとしているのだろう

 

それは心耳を澄ますしかない

この世に存在するものの

あらゆる動きの兆候を感じ

この世に存在するものの一つとして

あらゆる動きと一つになって流れて行く

 

この身体に繋がれた

コンセントの先に何があるのかはわからないが

注入されている

生命エネルギーを濁すことなく

一瞬一瞬を宇宙に投入する

 

その精進の先に生死を超えた何かを

見出せるかも

 

日峰(東京荻窪支部

世間の中で生きる

  • 2020.01.10 Friday
  • 12:25

 小さい頃から、いつも世間が念頭にあった。人様に迷惑が掛からないように、みっともないことをしないように、と言い聞かされる。

 この世間意識が我々の行為の規範として作用する。

 その世間を構成している人々はどのような人達なのか。

 表面的には体裁よく友好的に振舞っていても、陰に回ると陰口を叩くような人々が想定されている。だから気をつけろと。世の中は、まことに息苦しく醜悪なものだと脅される。

 自分は違うけれども、世の中がそうだから気をつけなければと、保身と自利に走り、適者生存の原理の中で生き延びることが至上命題になる。そうすると、気付かないうちに、自分も世間を構成していると想定されている通りの人間になっていく。

 ハイデガーは、それを「世人」と呼んだ。

 自分らしさは失われ、誰もが、世間の様子を窺いながら、落伍しないようにと、大衆の中に紛れ込んで生きて行く。

 自分の生き方の道などを考えようとしない在り方を、ハイデガーは「世人」の「頽落」と呼んだ。

 しかし、我々は、どこかで気付いている。

 人は死ぬのである。生まれるときも、頼んだわけでもないのに、この世の中に放り込まれたが、死ぬ時も、突然、この世から連れ去られる。

 そこで思う。世間体に縛られて、ビクビクしながら死んでしまって良いのかと。

 ところが、人は、他のものから切り離された、それ自身だけの独立存在ではあり得ないことはヘーゲルの指摘する通りである。

 いかなる出来事も、理由なくしては生ぜず、それ相当の必然性をもって出現している。過去を悔い、未来に期待しながらも、今を行動することしかできない我々に対して、物事は成るべくして成り、その現実は抗いがたい重みを持つのである。

 それをいたずらに嘆いていても仕方がない。

 であれば、世間の中で、未来の理想を直観し、その理想から逆算される現在の努力を、今実践するしかないことを受け入れる。その理想は恐らく実現しないけれども、日々刻々と未来の理想を修正しつつ、一歩一歩、今できることを行うことが生きることであると得心しなければならないだろう。

 であれば、世間という崖の下で、いつ押しつぶされるかと、ビクビクしながら生きて行くのではなく、世間という崖の存在を認めながらも、崖の下にいる自分という肉体にへばり付いた心を崖の上から見下ろしながら、崖の下で自由に舞い踊らせる本当の自分を育てていく精進こそが生きるということかもしれない。

 

日峰(東京荻窪支部

客観的な世界なんてあるのかな?

  • 2020.01.07 Tuesday
  • 22:52

風に揺れる旗を見て議論していた

旗が動いているのだ、

いや、風が動いているのだ、と。

そこに

どちらでもない

自分の心が動いているのだ、と。

その人が達磨大師の流れを継ぐ

六祖慧能だといわれている

我々は、自分が居なくても

客観的に旗が風に揺れていると思いがちだ

だが待てよ、旗には揺れているという認識はないだろう

 

人が揺れている旗を認識して初めて意味が出る

しかも

自分が見ようとして旗が動くのを見たのではないだろう

眼に動く旗が映じ、

それを風に揺れる旗だと認識して

初めて気づくのだ

認識している自分に

 

動く旗を認識したのは自分の意識ではない

自分の眼に動く旗を映じさせ

風に揺れているのだろうと思わせているのは

この自分の心や身体ではない

 

この不思議な力に気付くことが出発点

 

空気を動かし風にしているエネルギー

旗を形作り揺れているエネルギー

我々の心と身体を動かしているエネルギー

 

全て同じエネルギーだろう

 

このエネルギーが単なる塊に過ぎなかった地球に

緑を生まれさせ

生物を生まれさせ

その過程で人間が生じ

どんどん進化させている

 

風を起こし

旗を動かし

動く旗を認識する

 

全て、このエネルギーの為せる業だ

このエネルギーが宇宙を進化させているのならば

このエネルギーに任せよう

 

自分の外に大きな客観的な世界が存在し

後から小さな自分が生まれ

あっという間に死んでいく

そういう考えは錯覚だ

 

自分が認識して初めて世界は意味を持つ

ただ、自分が自発的に認識したのではない

我々の眼や心を使って認識したのも

このエネルギーなのである

 

この大いなるエネルギーの立場から

自分の心や身体眺めてみる

このエネルギーの流れを邪魔しないように

心や身体を使っていく

 

ここに創造的な人生が生まれるのだろう

 

日峰

 

 

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