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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
禅と私(夢遊 名古屋支部)

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シリーズ「女性と禅」 第2回

人間禅女性部で毎年発刊している「あけぼの」から、禅の修行に関する随筆を抜粋してみました。
禅の修行は実際にやってみないとわからないことが多く、また専門用語も多く出てきますが、どのような思いで修行しているのかをお汲み取りいただければ幸いです。

 

私にとっての禅との出会いは、2015年の春。

ちょうど40歳になった頃でした。

 

大阪で生まれ、大学を卒業して、幼児教育にかかわる会社に就職。

最初は厳しかった仕事も続けていくうちにやりたかったこともできるようになりました。

30歳で結婚して、二人の子どもにも恵まれ、その場その場では大変なことやつらかったこともありましたが、振り返ってみて一言でいうと、“やりたいようになってきた”、そんな人生を送っていました。

そんな中、子育てとの両立のため転職。

その会社で任せていただいた役割がどんどん大きくなっていきました。

そのころは頼まれると断れなかった私は、まだ保育園の子どもがいるにもかかわらず、終電まで仕事をしたり、休日出勤までしたり、、、そんな日々に飲み込まれてもいました。

30代後半になった頃、ふと、自分のこれからの人生を考えて、40代以降の自分が全くイメージできないことに気づきました。

振り返ると、そのころ、私の周りには同じ世代で頑張っている女性はたくさんいましたが、人生の先輩である女性たちは、なんだか大変そうに見えることが多かったのです。

「40代になっても私はこのペースで働くのだろうか。そのうちに子どもたちが大きくなって手が離れてしまう・・・私ってホントにそれでいいのかな」と考えるようになりました。

そんな時に、偶然、ドリームマップというツールに出会い、自分自身の本当にやりたいこと、望んでいる未来は何なのか、考えるきっかけをもらい、これをもっと多くの人に知ってもらいたい、と再度転職し、その普及に携わることになりました。

 

ドリームマップでも、最初は、家族と仕事を無理なく両立させようとしていたのですが、どうも性分なのでしょうか、そのうちまた仕事の比重が大きくなってきました。

というのは、インターネットやSNSの発達で勤務時間や働く場所は自由に選択できたのですが、逆に、いつでもどこでもつながってしまうことで区切り目がなくなり、それまで以上に時間があっという間にすぎていってとどめようもない、という感覚を味わうようになっていったからです。

私が子どもの頃から大好きな本でドイツの作家ミヒャエルエンデの「モモ」があります。時間泥棒が人々に「時間を貯蓄すれば命が増える」と勧め、便利や効率に目を奪われた人々は、せかせかと生活をするようになり、人生を楽しむことを忘れてしまう、ということを通して人生で本当に大切なものは何かを考えさせられるお話です。

ふと、「モモ」に登場する町の人たちのようになっている自分に気づき、どこかで立ち止まり、自分自身にとって大切なことを見失わないようにする場があったらいいのに、と思うようになっていました。

そんな時、最初の会社で数年共に仕事をしていて仲の良かった、現在は岐阜禅会長の渡辺玉蘭さんが、Facebookで「座禅女子会」のお知らせを投稿していたのが私と禅との出会いでした。

それまで、仏教にも興味がなく、禅=座禅、バシッとたたかれる、というイメージしかなかった私。

ですがこの時「座禅なら、この飛ぶように過ぎていく時間もリセットできるかも」となんとなく思い、「久しぶりに会いに行ってみよう」というぐらいの気持ちで座禅女子会に参加したのが人間禅との出会いになりました。

 

今となっては最初は想像もしなかったほど、私にとって、本当に大事な時間であり、場となっています。

その理由は、まず、母でも、妻でも、娘でも、姉でも、仕事上の私でもない、ただ私自身としていられる場であること。

また、仕事や家庭生活の中でも自分の力だけでは何ともならないこと、予想もしないことが起きたりすることは多々あります。

しかし、そんな時でも、自分自身を整える日々の座禅があること、更に、参禅という場があることで、その時々に「外的要因はいろいろあるけれど、その解決は自分自身の中にある」と感じたり、そんな風に言葉にはならないことなのですが「あ〜、そういうことだったのか」とおなかの底の方から様々気づかせて頂ける機会であることが、本当に有難く貴重な場であると思っています。

そして、もう一つ。

コツコツと自分一人で続けていくことは本当に大変なことだと思います(私にとっては特に)が、老師がいらっしゃり、諸先輩方がいらっしゃり、ともに歩む道友がいるからこそ続けていけることだとも感じています。

 

禅と出会ったことで、今携わっているドリームマップについても、それぞれの人生を深く味わうきっかけとして活用できるのではないか、と、より深く、その意義やドリームマップというきっかけを多くの方に提供する役割としての在り方に気づかせていただく日々です。

 

これからも続く長い道を、皆様にご指導いただきながら歩んでいければと考えております。

 

ご縁に感謝して。

  合掌 夢遊(名古屋支部) (あけぼの第25号より抜粋)#女性部

posted by | 21:50 | 名古屋支部 | comments(0) | - |
座禅一年生の歩み

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シリーズ「女性と禅」 第1回

人間禅女性部で毎年発刊している「あけぼの」から、禅の修行に関する随筆を抜粋してみました。
禅の修行は実際にやってみないとわからないことが多く、また専門用語も多く出てきますが、どのような思いで修行しているのかをお汲み取りいただければ幸いです。

 

人はそれぞれに道のりを刻み、此処にいると思います。

キャリア教育の分野で以前から親交のあった夢遊禅子からのご縁で、私は昨年4月末初めて名古屋支部の摂心会に参加しました。

面談の際に総裁老師より『絶対樹と相対樹に観る人間形成』についてのお話を伺い「あらゆる事象に当てはまる!まさに!」と、とても感銘を受けました。

それは、座禅という新たな扉を開き歩み出る私を後押ししましたし、総裁老師著書『坐禅の効用』にも示される、参禅弁道と日常の数息感による坐の行、この両輪の大切さを肝に銘じることにつながっています。

また仕事の展開を考慮する際の観点にもなっており、思考・行動の確認とこれからの変化をもたらす大いなる智慧として私の中でずっと息づいていくことでしょう。

 

「本来の面目如何?」と問われて約一年を迎えようとしている昨今、参禅会や諸先輩方々の所作を通じ改めて「知らないと知るは大違い」「知っているとできるも大違い」ということを遭遇する事象・言葉の意味の重さと深さも含めしみじみ味わっています。

礼拝を例にしても、初めは形を教えて頂きまねをすることしかできませんが、心と想いの込められた老師の礼拝する姿を目の当たりにしてその意義に感じ入ると、自分なりの三昧で臨むようになります。

毎日の一日一炷香の大切さは聞いて知ってはいるけれど、行を継続したものにしか感じることができない効用なので、身に付くまでできるには至りません。

「命を懸けて参ぜよ!」との老師のお言葉に、一生懸命はしているけれど、命がけを体現するとは?と、まだまだ未知の感覚を前に茫然となります。

反面自分の無知があからさまになることで、好奇心のエネルギーが湧いてくることも感じます。

 

一つの公案に長らく向き合い工夫三昧するうちに「ん!?」と気づきが降りてきて、現実の出来事を捉えるときの理解に結びついて心がすっきりすると、もっと深くその公案の言わんとするところを感じ取りたいという想いが湧いてくるのです。

 

先の名古屋支部摂心会では金剛庵老師から「一畝之地、三蛇九鼠(いっぽしち さんじゃきゅうそ)の心中」という興味深いお話を頂き、岐阜座禅会洞戸摂心会にては総裁老師より、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉を深く味わう機会がありました。

知らないことを知る楽しさ、知るを腹落ちさせる清々しさ、師家在りきによって味わえる貴重な学びは、人間禅ならではのことだと思います。

もちろん修行をされてきた諸先輩方々のひたむきな姿や所作の伝授、お気遣いある言葉がけからも多くの刺激と教えられることが沢山あり、感嘆し感謝するばかりです。

 

私は、子ども・学生のキャリア教育や企業等の人材育成に関わる研修講師、また、着付けの講師等を主な仕事としています。

名古屋モード学園にて7年前から美容系の学生たちを対象とした着物着付け授業を担当してきました。

2時間×14コマで検定課題は、[15分で着物と名古屋帯を自分で着装]です。

単に着る技術を教えても40名全員が検定をクリアできません。

できるまでとことん繰り返すことと、集中すること、ゴールに向かう意思を持つこと、弱音を吐かない心を養うことが大切です。

サイエンスとスピリッツ、ここも『絶対樹と相対樹』の話が当てはまり、大いに納得する学生の事例が毎年存在します。

私の座禅修業は始まったばかりで、道眼、道力を養う道のりは厳しく果てしなく続くと思われます。

ですが新しい扉の先を進んでいくことで、未知の力を発揮する自分自身に気づく瞬間があり、それはこの先の人生をまだまだ豊かに楽しめる!という可能性に満ちた道のりだとも感じられるのです。

ご縁ある皆様方からの学びを、社会にてさらに活かすことのできる自分づくりを目指し、歩み続けたいと思います。

  白蓮(名古屋支部) (あけぼの第25号より抜粋)#女性部

 

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