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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
誠実

先日「One Taiwanシンポジウム」に行ってきました。3,000人の参加とのこと。そこで、台湾を民主化した故李登輝総統の哲学は「誠実自然」だったと聞きました。妙峰庵老師の「無隠」にあった「誠、真、信」(まこと)と重なって聞こえました。李登輝総統は台湾の日本統治50年間に生まれて日本教育を受け、京都大学を卒業された。日本統治時代の台湾人は日本の教員、警察官、否、普通の日本人からその「誠実さ」を学び、日本人を尊敬したそうです。今もそうだとは思いますが、昨今の日本は?いじめ、強盗殺人、詐欺、国会議員、警察官、教員、医師の立場を利用した違法行為、不誠実な事件の多いこと。私が生まれる前、戦前はこんな状態ではなかったのではないかと思います。日本人の美徳が失われていくようです。戦後教育の賜物か?日本の将来に不安を感じます。ここに「人間禅」の存在意義がありますね。世界中の人々が好感を持つ日本人の「誠実さ」は縄文時代に遡り、建国2600年以上の歴史を経て醸成されたものです。大切にしたいものです。しかし注意も必要です。「誠実」は単なる「お人好し」ではないということです。周辺の悪辣な国に対しては、毅然と対抗する勇気と力を持つべきだと思いました。りゅう 東京東支部

 

posted by ただいま禅の修行中 | 09:38 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
「シニア椅子座禅会」の立上げについて

沖野元禮

「シニア椅子座禅会」の立上げについて

1 シニア椅子座禅会立上げの経緯
日本で急速に進む少子高齢化は、社会保障費の膨張によって現役(若者)世代への圧迫の度を強めており、今や「敬老」という言葉は「嫌老」という言葉にとって代りつつある。
「高齢世代と若者世代の世代間闘争」(五木寛之『嫌老社会を超えて』2015年)更には
「高齢者は老害化する前に集団自決しかない」(成田悠輔 米イエール大学助教授 2021年)という言葉も平然とネットに流れ出る時代であり、人込みを歩いていたらいきなりぶん殴られて“痛いじゃないか”と一言でも発しょうものならば、「ウザイんだよ、年寄は!」との捨て台詞を残して立ち去られるという心配も必要になりそうな時勢である。

少子高齢化対策として政府(行政)も色々手は打ってきてはいる(令和5年度版高齢化白書他)ものの、即効性を期待するには程遠く、結局「一人ひとりができることから始めましよう」というのが現状である。

高齢者による現役(若者)世代への圧迫度を和らげ、高齢者が社会に貢献し、高齢者が現役(若者)世代と把手共行するために有効と考えられる手段はいくつか考えられるが、健康な高齢者なら誰でもができることは、健康を保って社会保障費就中医療費の抑制に助力することだと思う。その為の方策も又いろいろあるであろうが、私は椅子座禅を勧めたい。足腰の固くなった高齢者でも椅子座禅ならば容易にできる。

 

2 椅子座禅に期待する
座禅をすれば身心が活性化され、従って健康にもいい、とは昔から言われてきていることであり、科学的にも証明されているし、座禅を少し経験した人ならば誰でもが実感していることだと思う。座禅の効用については、名誉総裁の『坐禅の効用』丸川雄浄著 に精しく説かれている。
私は、私を含め、高齢者に外出する(一歩を踏み出す)目的を与えるだけでもいいと思う。

高齢者が積極的に外出することによって、本人においては身体面や精神面で良い影響がもたらされ、その結果、社会的にも介護費・医療費などのコスト削減、地域 活性化や消費拡大などの効果を与えることが期待されている。 (水野映子 第一生命経済研究所)

政府(行政)がいう「一人ひとりができることから始めましよう」というのはこのことであり、身心が活性化されれば、何かをやろう、創めようという気も起り、それが新たな生き甲斐を生み、さらに身心が活性化されて健康が維持増進されるということである。
パワースタンドイメージ図 参照

電気自動車がパワースタンドで充電されて動き出すように、高齢者が擇木道場における椅子座禅によって充電(身心が活性化)され、その成果として健康が維持増進され、よって些かなりとも社会に貢献できようというわけである。

 

3 東京東支部シニア椅子座禅会 会員規則(素案)
・会員:高齢者(概ね75歳以上)
・座禅会:原則1回/週 1.5時間(1炷香の椅子坐禅、真向法体操、茶話会等)
・会費及びシニア椅子座禅会員の支部内での扱い:支部座禅会員に準ずる。
・立上げの時期:支部理事会に諮った後、令和6年の早い時期

 

東京東支部

posted by ただいま禅の修行中 | 21:02 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
俳句部主催 潮来吟行会

俳句部主催 潮来吟行会      

俳句部林玄妙

 俳句部では去る6月3〜4日に総裁千鈞庵老師・伏龍庵老師のご参加のもと、茨城支部潮来禅道場をお借りして吟行俳句会を開催致しました。前日は台風通過による大雨で、危ぶまれましたが3日午後には好天となり、4日の長勝寺・潮来アヤメ園は台風一過夏らしいすばらしい天気でした。 

 市の観光ボランティアガイドも務められる、観音堂月林居士に案内をお願いし、臨済宗の古刹 長勝寺、あやめ祭り最中の潮来あやめ園を吟行いたしました。100万株といわれるの花菖蒲が満開、大勢の人々とそれは楽しい一時、お昼は舟つき場のレストランでいただき、道場へ帰って句会、披講を行いました。17名の参加、以下概略をご報告いたします。

 

日時 6月3日(土)18時〜4日(日)16時

場所 潮来坐禅道場集合・水郷吟行

 

3日(土)  16:30 潮来坐禅道場集合

17:00 静座1炷香

18:30 懇親会

20:30 懇親会終了 片付け

 

4日(日) 6 :00   起床

6 :30   静座1炷香

8:00   朝食

9:00  吟行出発(当季雑詠5句提出)

    潮来市市営駐車場(無料)観音堂月林居士案内

    長勝寺→アヤメ園

12:00 昼食 食後潮来禅道場へ

13:30 句会 

15:30 静座

16:00 解散

 

当期雑詠五句提出

天  慕(おも)い載せ魯水脈(ろなみ)拡げて四葩(よひろ)河岸(かし)   三浦大元

地    長勝寺

   昔日の駅家(うまや)の跡も夏木立      林玄妙

人  巡る庭茅葺本堂風薫る       飯田幽水

 

 以下順不同

花菖蒲背丈くらべて風そよぐ    佐瀬霞山

お手づから竹の子づくしここの酒  水井惟精

禅道場朝鳴鶯(めいおう)の声仕切り      平井蜂生

出水して嫁入り舟のままならず   大谷竜穏

水無月の潮来花嫁水の上      木村桃雲

夏の風山門こえて長勝寺      三浦元真

朝風に百花繚乱あやめ園      小松元山

群れ菖蒲風吹きぬけて白日傘    大熊蕉山

紺法被(はっぴ)白むく連れて渓蓀(あやめ)船     泉水眞澄

長もち唄にあわせて歩む花嫁さん  梶原玉香

花嫁も舟待ちとなり花菖蒲     北川光舟

五月晴れ天一杯に千の風      加藤了仙

駅家(うまや)の碑黙して語るあやめ咲く   観音堂月林

初夏の日に名刹の歩道一直線    林 道清

潮来禅道場前
潮来禅道場前
長勝寺
長勝寺
長勝寺鐘楼
長勝寺鐘楼
潮来あやめ園
潮来あやめ園
あやめ園
あやめ園
お三方
お三方

以上

posted by ただいま禅の修行中 | 15:15 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
『至誠』

 荻窪禅会(東京中央支部の前身)は設立当時、座禅会を名誉会員の会社の最上階にある剣道場でやっていた。現在、東京中央支部は善福寺池の近くに立派な道場を建てたので、この剣道場は使っていない。この剣道場はとても立派だった。正面右側に三舟(山岡鉄舟、高橋泥舟、勝 海舟)の揮毫軸、左側には無得庵小川刀耕老居士の揮毫軸が掛けられている。そして正面には畳半畳もあろうかと思われる掛け軸に度太い字で『至誠』と書かれていた。その前には大小の真剣が刀掛けに掛かっている。この部分は道場の板間より一段高い広い畳の間になっている。この『至誠』に強い印象を持った。何かな? と関心を持ったが、「誠実ね、大事だな」とかたづけていた。最近、気になって調べてみた。


 『至誠』とは「この上ない誠実なこと」「まごころ」という意味。
中国の古典『孟子(もうし)』に「誠は天の道なり。誠を思うは人の道なり。至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり」とある。「天地万物にあまねく貫いているのが誠であり、天の道である。この誠に背かないようにつとめるのが人の道であり、まごころをもって対すればどんな人でも動かせないことはない」という意味です。この「至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり」の一言は吉田松陰が大事にしたそうです。

 ペリー浦賀来航、ロシアのプチャーチン長崎来航により、日本は太平の眠りから目覚め明治への道を歩み始める。尊王攘夷運動が盛んになり生麦事件に端を発した薩英戦争、池田屋事件、蛤御門の変、四国(米、英、蘭、仏)連合艦隊の下関砲撃、薩長同盟、倒幕の密勅、大政奉還、鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争、五か条の御誓文、明治維新と続いた。

 吉田松陰は欧米列強に対抗できる日本国家を作るために尽力した。思想家、教育者、山鹿流兵学師範であり明治維新の志士に大きな影響を与えた。松下村塾の門下生には久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋などがいて、明治維新の要となった。弟子にまごころを尽くして教育し、明治維新という偉大な事業を成し遂げたと言える。

 徳川慶喜の幕臣であったが明治政府の官僚になって、造幣、戸籍、出納などに政策を立案して初代の紙幣頭、大蔵省少輔事務取扱をつとめた後、退官して実業界に転じて第一国立銀行、東京証券取引所を設立した。「国家社会のためにこの事業を起こす」といって王子製紙の母体の「抄紙会社」を起こすなど、多くの株式会社を設立して経済の面で日本の近代化に尽力した人に、渋沢栄一がいる。

『渋沢栄一訓言集』には次のようにあります。
○道はすなわち至誠であって今も昔も二つあるべきものでない。
昨今の進歩に従って欧米各国から新しい学説が入ってくるけれども、その新しいというのは、ただその言い回しが巧みなるに過ぎないので、われわれから見れば、すでに数千年の昔から東洋において道破されていたのである。言い換えれば、昔の言葉の焼き直しにすぎぬのである。
○天は万物を生み養う。この生養ということが、すなわち天の経済である。その生養中に万古不易の条理がある。これすなわち天の道徳である。この道徳がなくては、生養の経済を遂げることはできない。
○天より人を視れば、みな同じく生みしところのものである。ゆえに四海の人々はみな兄弟であるから、人々相親しみ、相愛して、衣食住を営むは、天に対する務めである。
ここにも『至誠』があります。

 磨甎庵老師のご揮毫軸に『至誠無息』があります。「至誠、息(や)むことなし」と読みます。これも『中庸』にあります。今北洪川老師は『禅海一瀾』の中で、「至誠」のはたらきを次のように言っています。「譬えば、以て鳥は春に鳴き、以て雷は夏に鳴り、以て虫は秋に鳴き、以て風は冬に鳴るが如し。其れ唯だ毫釐(ごうり)も欺(あざむ)かず。而も循環、息(や)むこと無し」と。

これは「至誠」とは、たとえば鳥は春に鳴き、雷は夏に鳴り、虫は秋に鳴き、風は冬に鳴るようなものである。それは少しも欺くことがなく、循環してとどまることがない。自分の力で無理にでも努めて成し遂げようというのではなくて、大自然のはたらきそのものが「至誠」であると言っています。

 私たちの修行は「座禅」と「参禅」です。座禅しながら初関の「本来の面目」を工夫して、我と我以外(自然)が一体であることを確認する。自然といっても多々あります。山河草木を対象とした自然科学、人間とその集まりを対象とした人文社会、経済学など。それらは人間があれこれ思索して操作する前から、それ自体で運行していて留まらない。これが「至誠」なのでしょう。また、人間禅で言われる「如」なのだと思います。

 私が在職時代の試作機開発中にトラブルが多々ありました。色々と考えては試行錯誤して解決してきたのですが、目に見えない原因という「至誠」に気づいて的に中った対処をしたことが解決に繋がっていたのだろうと思います。
 渋沢栄一翁は「国家社会のためにこの事業を起こす」と言って、現在の日本経済の基盤を確立した。生涯を「至誠」に努めた偉人ですね。
東京東支部 龍泉 拝

posted by ただいま禅の修行中 | 21:23 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
充実した生活を送る

本当の自分を見つけ、充実した生活を送るために、私は、座禅を習い始めましたが、座禅をすると無感傷、無反応な人間になってしまうのではないかと、ふと考えた時があった。本当にそうかと、考えをめぐらすと、そのような人間にならないことに、今は思い当たる。

 

我々が、もし、日常的に「無感情、無反応な状態」にいたとしたら、必ず、その状態に違和感を感じ、自分が自分ではないことが認識できると思うから。そう感じられる我々は、いくら座禅をしても、無感情、無反応な人間になりようがありません。

 

もう少し考えを進めると、座禅では、己事究明、本当の自分を観察し知ることができる。
そして、数息観で、本当の自分でいられる心境を確認することができます。その心境は、喜怒哀楽の無い平常で、すべてのことに対して無意識(ニュートラル)でいられる状態と考えます。

 

この無意識(ニュートラル)でいられる状態と「無感情、無反応な状態」は、ある意味で共通性を見出せますが、数息観で、万物に対する公平な意識状態を知ることで、別のものであることがわかる。

 

ですから、心が乱れることなく、穏やかな気持ちで、充実した日々を送れている時は、
本当の自分でいられている状態を指すと考えます。

 

ただ、日々の生活で、我々は自分の考えに反したことが、頻繁に起こる社会の中で生きています。生きていく上で、心が重くなっている自分に気づいたり、心が揺さぶられることもあるかもしれません。または、いつの間にか自分が苦境に立たされるときもあるかもしれません。

 

そんなとき打開策として、数息観で確認した心境(本当の自分)を思いだし、それをゴールとして見据え、そこへ戻るための問題解決に取り組む方法もあります。座禅をしていると、自分が主体となり、そんな能動的な一歩の踏み出し方ができる自分に気づくのでは!
 
日々の座禅の中で、本当の自分を知り、本来あるべき状態を知ることで得た体験は、困難に直面したとき、私たちを導き、本当の自分を取り戻すための道しるべとすることができます。自分の中にそのような場所があることは、本当に素晴らしいことだと思います。

 

ふとした時、気が付いたら、実は自分が「無感情、無反応な状態」人となっていると感じたのなら、それは、自分を変える良い時期に来ているのかもしれません。  

  合掌 龍潭(東京東支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 19:36 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
黒絡子の重み

黒絡子の重み        

東京支部 鈴木翠珠

 此度由縁あって、火大級に進級することができました。黒絡子の扱いに慣れず、まだまだあわあわしてます。実は自身の進級式の際、式次第をよくよく読まず、「隠侍の声掛けに従って、証書や絡子をもらえば良いのだろう!」と変な自信で臨んだものですから三拝するべきところをボケっとしていたり、次の動作が分からずキョロキョロしていたら、老師に大目玉を喰らいました。そして記念撮影後、そのまま摂心の御礼の挨拶に合流したところ絡子を外すのを忘れて、また怒られる…。散々です。今思い返しても全く冷や汗ものです。そうした反省点を踏まえ、改めて人間禅の根底にある考えとは何だろう?と興味を覚え、関連書を繙いてみます。

 

 まずは「要覧 人間禅会規」12条から。
会員の修行歴を、次の七階記に分ける。師家分上・識大級・空大級・風大級・火大級・水大級・地大級。

 

 次は『告示』158号 平成27年2月1日 平成27年総裁(現在の名誉総裁)年頭垂示から。
…耕雲庵老師が制定された修行歴の進展度を表す進級規定は、人間形成の禅にとって、申すまでもなく極めて重要であります。 地大級・水大級・火大級・風大級・空大級・識大級・師家分上と 7 階級に人間形成の境涯が規定され、水大級で道号授与、火大級で黒絡子、空大級で茶絡子、識大級で庵号授与となっております。これは長幼に関係なく、修行の年数に関係が無く、人間形成の修行の進展を明確に表しており、当然道場内での重要な尺度であります。 階級毎にだんだんと悟境が深まり、その悟境に至る厳しい修行の骨折りが忍ばれるものであります。 例えば、識大級で庵号をお持ちの方を老居士・老禅子と、「老」を付けた呼称にしているのにも意味があり、その境涯の貴重で尊敬すべきことがそれに含まれています。人間禅の識大級は、僧堂においては罷参底という高く深い境涯であり、その世界では呼称においても、郵便物等の名前の下に付ける言葉においても極めて丁寧且つ尊敬語が古来から付けられている訳であります。参禅の時の順番にしても些細なことではありますが、伝統ある僧堂においては厳然と遵守されています。 最近の若い人が多くなった人間禅の支部においては、この識大級の人に対する呼称の重さにしても、参禅の順序にしても、十分に認識されていない状況がみられますし、修行歴の深さを慮ることなく、また自分の境涯の浅さを顧みない僭越な発言が出てくる等、人間形成の人の集まりとしては軽く浅い、まさに僧伽(そうぎゃ)としての成熟度が未熟であることを示しております。 こういうことは、法の重みが判っていないから生ずることであり、法を軽忽にしないという観点から忽(ゆるが)せにしてはならないのです。 入会式、進級式、任命式が厳かに執り行われるのも、『要覧』が細部にわたるまで遵守されなければならないのも、法を軽忽にしない僧伽を形成するためであります。 そしてこれは、畢竟するに『立教の主旨』の第2項「人間禅は、転迷開悟の実を挙げ、仏祖の慧命を永遠に進展せしめる。」を僧伽全体として正受しているかどうかに関わってくるのであります。

 

摂心での自身の振る舞いが身につまされ、まさにドキッとさせられる文章です。三宝(さんぼう)という言葉があります。衆生が帰依すべき三つの宝のことで、仏・法(仏の説いた教え)・僧(仏に従う教団)を指します。三宝を理解するため参考になる考え方は人間が「社会的動物」であることです。元来はアリストテレスのゾーオン・ポリティコン(ポリス的動物)が由来です。人間が個人として存在していても、その個人が唯一的に存在し、生活しているのではなく、絶えず他者との関係において存在している。つまり個人が社会のうちにおいて生活し生存しているのであって、社会なくして個人は存在しません。そして一方で人間はまた社会の親でもあります。人間は社会的なものであると同時に、また社会の形成者として参加します。つまり社会はあくまでも個人を基礎として成立すると同時に、個人はまた社会を担ってそれを進展させるものです。世の中には数多くの社会的組織があります。家族や会社、自治会、はたまた僧伽も社会的組織の中の一つです。こうした考えに照らすと、僧伽(僧)としての在り方は一社会を変える原動力を秘めており、方向性を誤らないために仏と法が根本にあるのだと分かります。決められたルールに倣ったり従うことは実は教えをなぞっているのです。それが積み重なって秩序になるという塩梅です。会社もそうです。新入社員が最初に叩き込まれるのは会社の経営理念です。口を酸っぱく注意されます。というのも、どうしても判断に迷う案件が出てきたときの助けにするためです。こうしたとき昇進すればするほど、誰かに相談することが難しくなります。ここで経営理念に立ち返り、会社の進むべき方向からずれないように判断を下すのです。ここでの仏は目指すべき理想、法は経営理念等、僧はその会社を構成する社員達になります。

 

最後に「人間禅清規」絡子授与式・進級式の項目から。
一 絡子の着脱に際しては、必ず合掌すべきである。また、絡子を畳の上に直かに置いてはならない。
一 絡子をかけるときは服装を正さなければならない。
一 絡子は、会の儀式・茶礼のときにかけるのは勿論であるが、種々の行事を指導する場合にはこれをかけた方が宜しい。また一般の葬儀・追悼会等にかけても差し支えない。

 

 絡子は袈裟を簡略化したもの。袈裟のもともとの由来は信者が布を施し、その布をつなぎ合わせて衣服にしたことにあります。絡子をよくよく見るとパッチワーク状なのはそのためです。また、布を施していたから「布施」。布施というと金銭を思い浮かべますがもともとは布を施していたのが原点です。「無財の七施」という布施があります。地位や財産がなくても心掛け一つで誰もが簡単に周囲に幸せを与えることができ、自分も幸せになれます。
1.    眼施(がんせ)    常に温かく優しい眼差しを施すこと。
2.    和顔施(わがんせ)  いつもニコニコ笑顔で接すること。
3.    言辞施(ごんじせ)  優しく時には厳しく叱る愛情のこもった言葉。
4.    身施(しんせ)    自分の身体を使い奉仕すること。
5.    心施(しんせ)    心配り・気配り、思いやりの心を持ち、相手の立場になってみ
ること。
6.    床座施(しょうざせ) 座席や場所、地位を譲ること。
7.    房舎施(ぼうしゃせ) 家や部屋を提供すること。

 

つまり布施は利他の精神の現れなのです。そんな布施の伝統と歴史を今現在でも目に見えるものとして再現しているのが袈裟であり絡子です。もともとは信者の方からいただいた布を衣服として大切にした背景があるからこそ、粗末に扱ってはいけないのです。
 改めて文章で記していくと往々にして発見するものがあります。今回もまさしくそうで、火大級進級で大目玉を喰らったことをバネに、あれやこれや調べてみると秩序としての人間禅の法の在り方、絡子に込められた思いを発見することができました。絡子は布としては軽いですが、物事の背景を知るとより重みを感じます。そのため、絡子を謹んで身に付けるということは利他の心を纏うという意味なのでしょう。機械的に身に付けるのではなくそれこそ無財の七施が自ずからいつでもできるようになれば、きっとその人間性はとても薫り高いものになりましょう。水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香衣に満つ。水を掬えば水となり。花を持てば花となる。そうした境地はまだまだ先ではありますが向かう先を思い描けるようになった今日この頃です。
 初めて禅の世界に踏み入れたときは大海原に放り込まれた感があり、この深くて広い世界をはて、どこに向かえば良いのか、皆目見当もつきませんでした。火大級になってみるとまだまだ大海原に浮かんでは沈んでを繰り返しておりますが、ようやく進むべき進路が見えそうで見えない…といった境地です。総裁老師から進級の寿ぎの言葉を頂戴したとき、今の境地に満足せず、ここからが本格的な修行だっ!この道はうたた深く、うたた広い!といったような主旨をお話し下さいました。お話しの細部は違ったかもしれませんが、印象深く今でも残っております。
 修行とは何ですかと問われたとき、禅者になりたての頃はひたすら座禅することが修行だ!と思っておりました。目指す境地は1炷香座っても足が痺れない!しかし、この頃は常々修業とは道場に赴くことであると思います。これは私のようなあれもやりたい、これもやりたい人間にとっては容易なことではありません。詰まった予定や時間に何とか折り合いを付けるということですから。要するに欲深です。毎日の仕事は朝早く夜遅くで、帰ると常にあれをやりたい、いやすぐさまベッドで寝たいと葛藤が始まります。そしておおよそ作業途中で寝落ちして朝を迎えます。朝は猛ダッシュで支度をし、会社に向かいます。休みは休みで着付けのお稽古、お茶のお稽古、部屋の掃除、アイロン掛け等やることが山盛りです。その合間を縫うように定例の静座会、摂心で道場に赴いています。いかに両立してこなすかがいつも問われています。大抵は予定が長引き、いつも途中から参加してますが…。しかし、初期と比べると大分改善しました。それは通う道場を最寄りに変えて、その分可処分時間が増えたからです。今は東京支部所属ですが、3,4年前は八王子支部(現在は東京支部に吸収)に所属していました。学生時代そちらの方面に住んでいたからですが、社会人になって引越した後もそちらに通っていました。摂心に参加するにしても通いは難しいため、最後の1・2日にようよう顔を出すのが精一杯でした。幸いなことに心配した老師が自宅から最寄りの擇木道場を勧めてくれ、今は此方に通っています。やはり、近いというのは武器です。今まで往復に4時間弱かかっていたのが約1時間に短縮、4分の3の可処分時間ができました。やりっぱなしにしてはいけない。これは五戒の中の言葉の一つですが、中途半端にする気持ちはなくても結果中途半端にさせていたわけですから結果を見て大いに反省すべきところではあります。
 また修行において道友の存在は有難いです。一人でやる作業よりも二人でやった方が断然早く、楽しいものです。年齢も社会歴も様々な道友と一緒に摂心を作り上げていくのは在家禅ならではの良さでしょう。老師のお姿が見えなくなると支部でこっそり萬歳三唱したり、摂心の片付けが終わると好きなアイスをほうばったり、女子会ならぬ禅子会を開いたりそれはそれで面白いです。摂心終了後の懇親会も家庭的な温かさに満ち、食事もより美味しくなると常日頃思います。
これからの人生、まだまだ激動の最中にあります。今ある生活も諸行無常、刻々と移り変わっていきます。まさしく鴨長明が記した方丈記のよう。

 

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖(すみか)と、又かくのごとし。たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。
朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。

 

今は細くとも長く、この禅という、広くて深い大海原を引き続き進んで参ります。

2023.2.20
合掌
鈴木改め角田翠珠 拝

余談:細く長く修行をする時期もあれば、太く修行する時期もあるそうです。これは歴戦の諸先輩の言です。


※参考文献
 
禅宗お坊さんのブログ布教 〜禅語・修行・座禅など禅僧のリアル体験記〜
小さな袈裟 絡子(らくす)2015-05-15  2023.2.19
https://ameblo.jp/gen-maru/entry-12000957183.html

 

曹洞宗  圓通閣  澤龍山  少林寺
住職の話  無財の七施 2023.2.19

 

広辞苑 第六版 岩波書店

 

ブリタニカ国際大百科事典 小項目電子辞書版 ブリタニカ・ジャパン

 

「訓注 禅林句集(改訂版)」、柴山全慶 輯、書林 其中堂、1972

 

1万年堂ライフ
方丈記の冒頭文「ゆく川の流れは絶えずして」の原文と現代語訳と解説 2022.06.16
1万年堂出版 2023.2.19
https://www.10000nen.com/media/42811/

 

posted by ただいま禅の修行中 | 10:39 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
なつめ

棗の実が茶色に色づき収穫の時期になりました。
目の前の木から実(直径25mm、長さ30mm位)を摘み、ひと齧りすると、ぱかっと割れて口中に甘さが広がります。思わず「美味しい!!」青りんごの味に似ています。色づく前の青い実も同じように美味しいです。

 

なつめの実が木にたくさん成っている

 

抹茶用茶道具のうち、棗型の薄茶器を『なつめ』と総称するのは、この棗の実の形をみると納得。
なつめには、漆塗り、螺鈿、金箔をはったもの、ガラス製など色々趣向を凝らしたものがあるようですが、生地のなつめは、長年愛用され磨かれて鈍く深い光をたたえているものは、
形のみでなくその色・艶も庭の熟した棗の実にそっくり。正になつめと呼ぶにふさわしい姿です。

 

耕雲庵老大師ご愛用 桑のなつめ

 

因みに、棗は春を過ぎ夏になってから、葉芽がでるので、なつめというのだそうです。

東京支部 林 翠松

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31文字日記(2022年8〜9月)

8/25 思い出す美枝子さまのおだいどこ

   鍋・皿・タッパーあるべき姿で

 

8/27 茨木のり子さん“今は居ないのです”

   私も時々使います“ババはいま留守です”と

 

8/28  好きな禅語「壺中天」

    留守してちょっくら入ってきましょ…

 

9/ 1 道友のご慈母の訃報伺った

   夏の終わりに眠るようにと

 

9/3 記録的暑さも終わりか道場で

   カナカナ時雨とご同行

 

9/6 本読んでごはん作って座禅して

   何てこたない満ち足りた日

 

9/9 ナイアガラ・黄金桃にきおうリンゴ

   秋味たっぷり太っ腹買い

 

9/10 道場に妙玲さんちの秋海棠

   うさぎが見えるか今宵の名月

 

9/18 秋色のルージュ買った孫娘

   あなたもわたしも極楽とんぼ

 

9/19 急な雨行きかう人たち猛ダッシュ

   大型台風列島縦断

 

  合掌 秋香(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 15:07 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
つぶやき「縁を繋ぎたい」

令和4年9月30日
沖野元禮

つぶやき「縁を繋ぎたい」

 

1 現状:結構な人々が道場を訪れるがなかなか縁が繋がらない。
「座禅によって」・・・という期待があっての来所だったのだろうが、1時間分の座禅を知っただけで終わっていないだろうか?


2 対策:現行+イチオシ! (座禅の振返り、私達の体験談・「教え」等)を加えれば、「手応え」を感じ、「やってみようカナ」という気がおきるのではないか?


3 つぶやき

当日前
座禅会参加希望者
◎予約仕分け者
⇩ ⇩
チャットで連絡
◎該当日の担当者 A ・ B
了解
当日
担当者Aは、主として座禅会運営を、担当者Bは主として初参加者対応をする。
座禅前
・座禅講習申込書の作成 特に「参加の目的」を確認
・人間禅・支部の概要を説明
・坐り方説明(堂内での行動要領、警策の受け方含む)
 
座禅 座禅に合流(本堂) 助警となる。
座禅後 座禅終了後の成果の確認(居士寮) 担当者Bも参加
・体験後の感想を尋ねる。座禅講習申込書の「参加の目的」に照らして
・要すれば自分達の経験を話し、今後への安心感と期待感を持たせる。
・座禅講習申込書に担当者所見をメモで残す。(支部長報告、情報共有)
・支部長名で参加のお礼、再来期待のメールをする。
その後 当該参加者への支部行事連絡の窓口となる

 

合掌 元禮(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 13:16 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
心を磨くとは 2022.9月 東京支部座禅ブログ

心を磨くとは 2022.9月 東京支部座禅ブログ
 私の住む町内会では、八幡神社境内で毎朝6:30からラジオ体操をしている。8月1日から10日まではキャンペーン期間のため、町会担当役員として私も参加した。そのため擇木道場の早朝座禅会は欠席した。
 社務所窓口に長月9月「生命のことば」という栞があった。ふと感じたので紹介します。
「磨くその 力によりて 瓦とも 玉ともなるは 心なりけり」 石川 理紀之助
とありました。「心とは磨きかた次第で、割れやすい瓦にも、輝く宝石にもなるものである」という意味です。石川 理紀之助は明治から大正初期の農業指導者で秋田種苗交換会の先駆者です。生涯を貧農救済に捧げ「老農」あるいは「農聖」と敬称されたそうです。農業改良を単なる個人の営みとして行うのではなく、農民を広く組織して集団的研究に高め、自ら全国各地に赴き借金地獄にあえぐ村を見事に再生させたそうです。
 心を磨く? どうやって? 「心」は見えないし手に取りだせない。どうやって磨くのか?その方法は?
 水戸に「日本農業実践学園」という学校があって人間禅水戸支部の道場として一部をお借りしている。この学園の初代校長は加藤完治先生です。先生は先の戦時下における食糧需給がひっ迫した際に学園の農地で栽培したさつま芋の苗1,700万本を全国に配布して食糧不足の解消に努めた。満蒙に青少年義勇軍として86,530名を送り出した。そのこともあってGHQにA級戦犯として召喚されたが「大和魂とはなにか?」と問われて「人にやさしくすることだ」と答えた。そのほか色々と尋問されたと思いますが、GHQから「あなたは日本の復興に必要な人だ」と言われて敬礼をもって送り出されたそうです。加藤先生は「直心影流」を山田次郎吉先生に師事して武道による人間教育を唱え「直心影流法定の形」を指導普及した。これは「動く禅」と言われます。
 釈宗活老師が11歳のときに慈母が亡くなった。慈母は臨終に際して老師を枕許に呼び寄せて「今言うことは母の遺言である。肝に銘じて聴け。・・・第一に心がけるべきことは、正しき教えに入って、心を玉のごとく磨いてゆくことである。世間一般には富貴栄達、立身出世を第一に望むのであるが、この母はそれを望まぬ。・・・独立独歩、他人に依頼心を起こしてはならぬ」と言われたそうです。そして、本郷の麟祥院で今北洪川禅師に相見して入門を許された。洪川禅師が遷化されたあとは釈 宗演禅師に師事して出家を許され両忘会を再興された。そして、擇木道場で立田英山老師を含めて4名の嗣法者を出した。
 南嶽懐譲と沙門道一の話、いつも座禅している道一に懐譲は「座禅して何を意図するか」と問うと「私は仏になることを意図しています」と答えた。懐譲が道一の面前で瓦を磨くと道一は「和尚、瓦を磨いてどうされます」と問う。懐譲は「瓦を磨いて鏡を作ろうと思う」と答えた。道一は「瓦を磨いても鏡にはなりません」と言った。すかさず懐譲は「瓦を磨いても鏡にはならない。それでは座禅して仏になれるのか」と言った。道一は「それではどうすればよろしいのですか」と問う、懐譲は「牛が車を引くようなものだ。車が動かないときに車をたたくのか、牛をたたくのか」と言った逸話がある。座禅するだけでは仏になれない。つまり心を磨くことはできない。静かなところで座禅するだけではだめである。ということだと思う。
 人間禅では摂心会という修業期間がある。一週間という期間は道場に泊まり座禅、参禅、作務、ご提唱の聴聞をして平日の日中は道場から職場に出て仕事をする。静・動の修行を通じて人間形成を進める。心を磨くのだ。
 30代のころ、私は自分に足りない何かを感じて探し人間禅にたどり着いた。嘗て、自分に足りなく感じて探していたものは人間形成のことだと気が付いた。一生を終える前に気付いて修行ができることを嬉しく思います。
 姫リンゴが木に実り赤く色付いている
自宅近所の小学校裏の姫リンゴ
陽光を浴びて順調に育ち、赤くなってきた。
 彼岸花
自宅近所の小学校裏庭に咲いた彼岸花
季節の花、美しいですね。
東京支部 松井龍泉 拝

posted by ただいま禅の修行中 | 19:46 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
留守模様

留守模様

林 玄妙

「留守模様」NHK日曜美術館で初めてこの言葉を聞いた。源氏物語などの場面を描いた蒔絵などで、登場人物や主人公を描かない絵、まさに留守なのである。小物や景色だけで見る人の想像に、感性に、全てを任せるのです。なんと日本的な言葉でしょう。この感性こそ日本の諸芸の底に流れている最も美しい日本の心ではないでしょうか。全てを見せるのではなく、一部を示すだけで後はお任せするのです。一部を示されただけでそれらを感じとるには、深い知識と教養が求められます。そして、そのことこそ、その絵に込めた作者の言いたかった主題に違いないのです。言葉にできない、曰く言いがたいもの、奥ゆかしい最も日本的な精神ではないでしょうか。例えば芭蕉の有名な “古池の句” ただ古池に蛙だかなんだか飛び込んだのでしょうか、ポチャンと音がしました。ただそれだけの事なのです。場面は元の静寂そのもの、この静寂(しじま)そのものを感じ取る事、それこそが芭蕉が最も言いたかった事なのではないでしょうか。“閑かさや岩にしみ入る蝉の声” 大音声の蝉時雨でも、あるいはジーと一声鳴いただけかもしれません。 その中にある大静寂、これが留守模様の心に繋がる細やかな大和心だと思うのです。和敬清寂のおお元としての“寂”、私たちは日々の忙しさ慌ただしさに押し流される事なく、このしずかなる心をいつも忘れてはならないと思うのです。
さまざまのこと思ひ出す桜かな 芭蕉

合掌

(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 08:27 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
ある日の娘との会話(座禅する理由)

先日、中学生の娘に

「お父さんが座禅をしているのを、どう思う?」と聞いてみた。

「何でわざわざ遠くまで出かけて行ってまでやるのかな、て思う。。」と娘。

「そうよねえ」と私は曖昧に笑って返した。

私の場合、自宅から道場までが遠いこともあり、帰宅が遅くなることも多い。

休みの日や、悪天候でも出かけていく様子を見ていれば、そう思われても仕方ないと苦笑する。

それらしい理由を語ることもできるが、分かってもらえる気もしないので、

今は(どうしてだろう?)と不思議に思わせておくぐらいが、ちょうどいい気がした。

いつか、彼女たちが「なるほど、そういうことか」と思う日がくればいいな、と思う。

広照 東京支部

posted by ただいま禅の修行中 | 08:16 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
モノに込められた人の「想い」 老大師ご愛用の桑の棗

モノに込められた人の「想い」 老大師ご愛用の桑の棗

東京支部 鈴木 翠珠


 「『こころ』はだれにも見えないけれど『こころづかい」はみえる 『思い』は見えないけれど『思いやり』はだれにも見える」擇木道場から日暮里駅に向かう道すがら、天王寺の門前の掲示板からの言葉である。そのときは何故か老大師ご愛用の桑の棗が連想され、はっとさせられた。

天王寺門前の看板


 その棗を扱う機会を得られたのは昨年令和2年10月に行われた本部道場での茶禅一味の会である。老大師がご存命の頃はこの桑の棗を毎日絹で磨いていたお蔭で、現在も光沢が出ている。色は雀色といったら良いのか、明るいこげ茶色。普通桑のものはここまでの光沢は出ない。ちょうど茶室には桑の盆がある。双方を並べてみればその差は歴然とする。桑の盆は単に木地に木目が出ているだけなのに対し、桑の棗ほどの色合い・光沢はないのである。

老大師ご愛用の桑の棗


 モノは何も語らないが、どう過ごしてきたのかはその存在で示してくれる。雀色に輝くこの桑の棗はそれこそ毎日磨いていなければ、桑の盆と同じありきたりな存在であったろう。棗のつるつるとした肌触りを愛でながら思いを馳せる。老大師は何を想って磨いていたのだろう?と。ただただ毎日の習慣としてそれこそ無心に磨いていたのだろうか?それともつやつやと肌触りがよくなり、なおかつ雀色に輝く桑の棗の姿が頭の片隅にあって、そこはかとない競争心の下磨いていたのだろうか?どちらの答えもありそうだが、かといってどちらでもない気がする。自身の境地が変わればまた導かれる答えも変わる筈。真っ最中の人生の中で「これかな?」と思う答えを探していくしかない。会ったことのない故人に口はなく、その人が著した本や周囲の人が記した文集等から推測するしかない。その答えが何であろうと、大事に扱われ、人の人生に長く寄り添ったあの存在感は消えることがないのである。いわば、モノと人が共白髪に過ごした重みなのだ。
 「僧に非ず 俗に非ず 禅者なり」文集 「老大師の思い出 女性の視点から」中央支部 片野慈啓さん寄稿の文章にヒントがあった。以下一部を抜粋する。


「…老大師が旅先で何個か同じ物を求めた、という桑の木の棗を、緑水先生(老大師次女)や他の道友に渡し『何年か後に見せ合って色艶や桑の色がどう違ってきているか比べ合おう』と言われたとの事でした」
「緑水先生(老大師次女)が貰ったという棗は水屋に置かれ、稽古の度に皆で拭きましたので、奥深い茶色になっていました」
「『オヤジ(老大師)はテレビを見ている時でも絹の布でいつも棗を拭いているのよ』」
「棗に限らず茶杓も同じで、値段の安い稽古茶杓でも、よく使いこんでいれば風格が出る」
「道具をとことん可愛がる、これが老大師流だったと思います」
「お道具はご自作だったり、木地の木目を楽しむものが多く、漆を塗ったり蒔絵をほどこした茶道具はほとんど見えませんでした。これは他のお流儀の好みと大きく異なる特徴と言えると思います」


 あの棗の色合いと光沢は良く使い込み、可愛がっていた証なのだ。桑の棗であんなにも深い色合い・光沢が出るのであるから、人も磨けば人間味と言ったら良いのか、えもいわれぬ香が立ち昇るのだろう。自身の道号「翠珠」に思いを馳せる。自分の珠は常に磨き続けなければどんどん曇っていくのであろう、と。常の人もそうである。何のために生まれてきたかということも考えず、ただ受動的享楽的に生きているだけならば、人の短い一生のことだもの、何かを特に成し遂げるということはなく、すぐに命の灯火は尽きてしまうのだ。
 老大師がいつも磨いていた桑の棗を思いつつ、はて自分も自分のことを磨けているのかな?と自問する。職場の忙しさに埋もれてしまうと、仕事でほぼ一日が終わってしまう。人と人のやり取りで心が疲弊したときはそのことばかりが心を占め、大抵寝落ちし、深夜にゴソゴソする。何かものを考える余裕もほとんどなく、日がな一日が過ぎ、休日の半日は寝過ごし、後は残りわずかな時間にやるべきことをうわぁっとやっている。一つ一つのことを疎かにせずこなしていきたいが、万事が万事そううまくいかないものだ。それでも、吹けば消し飛ぶほど細々と坐れば(ほとんど眠気との闘い)、わずかばかり心が澄み、明日への糧になる。猫の額ほど細々とした勉学であったとしても、亀の子の歩みだが着実に何かは得ている。今度はそれを外に還元できるようになれば万々歳だ。果たしてこれで自分をちゃんと磨けているだろうか。とてもすれすれに感じる。だがこの一歩一歩の積み重ねでいつか何等かの芽は出るだろう。
 今日も細々でも良いから自分を磨こう。翠珠という有難い名をもらったからには。あの桑の棗のように、より奥深い色を持った存在になるためにも。万華鏡のようにふっと浮かんで消えて日々は積み重なっていく。そうして私の在り様はできていく。

 

※追記:当時の茶禅一味の会(令和2年10月)での道具立てについて。
清香庵老禅子の目で選び、全て準備いただいたものである。

床軸  和気堂満 老大師筆(寄せ書き部分を軸にしたとのこと)

主茶碗 立田川 水戸斉昭造

棗   老大師ご愛用の桑の棗(毎日絹の布で磨いていたとのこと)

茶杓  五節の舞 老大師作

水指  想い草 珠月作

蓋置  想い草 珠月作

花器  備前焼掛け花入れ

花   南蛮煙管、平小判

お菓子 干菓子 ささま製 紅葉、合わせ(焼き:流れ)

場所は北寮の茶室にて。


 老大師の姓が「立田」、奥様の珠月様のお茶の方での名前「洗心庵楓水」のつながりから、ある和歌へと導かれる。

 

「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」
在原業平

 

 歌意は「(不思議なことが多かったという)神代の昔でさえも聞いたことはない。竜田川が(紅葉を散り流して)紅色に水をしぼり染めにしているなどとは」
※『評解 小倉百人一首≪新訂版≫、三木幸信・中川浩文、京都書房、1976 』より引用

 

 「紅葉」と「流水」という文様の取り合わせを「竜田川」と呼ぶ。紅葉と流水で示した錦秋の景色であり、着物の文様としても好まれる。紅葉と楓、竜田川と立田川いずれも同じである。老大師から始まる、多くの方々からの御縁で同じ茶席を共にする有難さ。この日しか成り立たない一座建立である。秋の野のうららかな日和を感じるお道具の下、和気藹々とした雰囲気で一服差し上げられていれば幸いである。

翠珠 記ス(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 16:31 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
吾、今70歳なり

孔子に次のような言葉があります。


「吾十有五にして学に志し(志学)、三十にして立ち(而立)、四十にして惑わず(不惑)、五十にして天命をを知り(知命)、六十にして耳順い(耳順)、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず。(従心)」と。


私は、25歳の頃、現人間禅東京支部のある擇木道場に近い、谷中銀座にあった牛乳店で、住み込みで牛乳配達をしていました。日中は、時間があったので、谷中の墓地を散策していると静座会の看板が目にはいりました。当時の私の心境(自信のない生き方からくる先行き不安等)もあって、静座会や摂心会に夢中で参加しました。それから1年位してから、本格的に禅の修行をしてみたくなり(諸先輩方の進めもあり)、入門・入会し、禅の修行に一歩踏みだしました。私にとって、これが孔子の「吾十有五にして学に志し」の時かと思います。


私、現在70歳になりましたが、孔子の「七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」を大目標に、せっかくのご縁を大切に、これからも禅の修行を細く長く続けていきたいと思います。
東京支部 法舟

posted by ただいま禅の修行中 | 20:07 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
墨を磨る

墨を磨る

林 玄妙

 白磁の水滴から歙州の硯に、水をそら豆大ほど落とす。今日の硯は丘の部分が少しくぼんでいて、水が溜まりやすい。奈良の墨をゆっくり磨る。真直ぐに立てるとか、斜めにしろ、力を入れるな、とかいろいろ磨り方は喧しい。どれも試したが結局どうでもいい。心が落ち着けばよい。墨は中国製、日本製、古いものなどいろいろある。中国製と日本製では明かに違う。膠が違うらしいし、香料も日本製はいい香りが漂う。墨は機会があるたび求めるが、最近道友から中国製の素晴らしい墨を頂戴した。毎日取り出して眺めているが、撫でつすがめつ、飽きることがない。基本的に墨は濃く磨るがいい。絵を描くときに水で薄く延ばすと茶色、青色、灰色、種類がある。松煙墨は青色を呈す。煤を集めて作るので燃やす材料で変わる。師から磨った時の面が黒光りするものがいい墨だと教わったが、そうとも言えない気がする。水は汲みたてのもの、硯は端渓、歙州、澄泥、日本の石もあるが、中国のものにはかなわない。上を見ればきりがない。よく磨って半時ほどなじませたものが良いとする。一晩おいたものを宿墨といい、これは使ってはいけない。

 磨り始めてしばらくすると硯面が光って見えるようになる、頃合いを見て海の方へ集め落とし、少しの水を垂らしてまた磨る。一度に沢山の水を入れてはいけない。稽古の時は三個ほど並行してつかっている。それでも時には違う墨を出してきて使う。墨の香り漂う部屋で筆を執って白い紙に名人達の書を臨書する。至福の時間が流れる。平和のありがたさを思う。

  (東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 19:46 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
座禅をする環境ってどうしたらいい?

「座禅をするといいってことで始めたんだけど、緊急事態宣言で道場に行けない・・・」という方も多いのでは?
自宅で座禅をするときのコツみたいなものがわかるといいなと思って書きました。
まぁ、自分なりの環境設定ができてくるので、超初心者にとっても参考程度ですが。


座禅をやってみようではないか!と思われたら、まずは環境を整えるとよいでしょう。
「坐禅(座禅)の仕方など」のページをご覧ください。

どんな環境であれ、まずは座禅をしてみればよいのですが、ちょっとしたコツというか工夫で座禅のしやすさや心地よさが変わってきますので、ご参考までにどうぞ。

 

★清潔な室内で座禅をしましょう
人間禅では作務で掃除をします。
作務と言えば掃除!という私の勝手なイメージもあります。
何にしても清潔な場所での座禅はとっても心地よいものです。

 

★できるだけ静かな所を選びましょう
テレビやラジオ、携帯電話がじゃんじゃん鳴るとどうしても座禅が続きません。
家で座る場合は、テレビやラジオを消し、携帯電話をマナーモードにしてできるなら見えない所へ置いてから座禅をするとよいでしょう。
家族がいる時間に座禅をする場合は、これだけの時間座禅しますよと伝えておいたほうがよいかもしれません。
または、一緒に座禅をするように誘うのもありですね。
わんこやにゃんこがいる場合、遊んでコールの誘惑には負けないよう、心を強く持ちましょう。

 

★部屋の明るさですが、あまりにも明るいと気が散ってしまうそうです
特に蛍光灯の光はまぶしく感じるでしょうから、できれば明るさを少し落とすとよいです。
ただし、暗くし過ぎると夢の世界へと誘われてしまうので、ある程度の明るさは保ちましょう。
陽の明るさであれば、カーテンで調節することもできますね。
禅堂での座禅ならば春や秋の陽はとても心地よく感じます。
ただし、気を付けないと春眠暁を覚えず・・・となりますが。

 

いろいろ書きましたが、まずは座禅をしてみる(座ってみる)だけでもよいのかもしれません。
そこから、自分に合う環境を作り上げていってくださいね。
  合掌 翡翠(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 21:57 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
31文字日記 2021年1月〜

31文字日記

2021年
1/25(月)

今日からは1日1句うた読むと
三日坊主がいつまで続く

2/10(水)

明日の為「十牛の図」の下調べ
切磋琢磨す友ある幸せ

2/13(土)

紅梅も緩み始める暖かさ
師のお帰りを心待ちにし

2/19(金)

どうしても心穏やかならざる日
猫に抱きつきCDを聴く

3/9(火)

座禅会、警策すこし横にそれ
小さな声で“ごめんなさい”

3/13(土)

念願の沢村バーガー満ち足りて
土砂降りの関越楽しく帰宅

3/24(水)

Ten to Five たまには行こうと思ったが
なかなか行けない雑用ばあさん

4/1(木)

身を以って「真(まこと)」示した大心庵
桜花を友に旅立たれたと   合掌

  秋香 (東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 12:29 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
座禅をガッツリ、縁側でまったり

学んで、坐って、習う
土曜は擇木・禅三昧!

 

ガッツリ座禅をした後のお抹茶の美味しいこと!

 

曜日によって朝の座禅会に参加しています。
座禅をした後、用事がある時はすぐに擇木道場を出発しますが、何もないお休みの日はゆったりとできます。

擇木道場近くのタンポポ

座禅は私の中では「修行」と捉えていますので、朝の座禅会に参加した時は眠気を振り払いつつ気合いを入れて座っています!(いるつもりです、、、と弱気になっちゃうけど)
気合いを入れて私なりにガッツリ座禅をすると、やはり疲れるもの。
そんなとき、座禅後の一杯のお茶は心身にしみわたります。
特に美味しいお抹茶だったりすると、なんとも幸せな一日が始まります。
自宅ではできないけど、擇木道場ではそんな朝が迎えられるようになりました。

擇木道場居士寮から庭を望む(お抹茶とお菓子)

先日、久々に会員たちが集まった場でいろいろな話し合いをしました。
その中で盛り上がったのが座禅後のお茶について。
まだコロナ禍なので、茶話会を再開したいがどうしようか、、、という感じではありますが。


「居士寮ですぐお抹茶が飲めるような状態にしたらいいんじゃない?」
「いいね!」

 

「この辺りにお釜を置いて!? 屏風も置いちゃう?」
「いいねいいね!」

 

「よし、今やるぞー!」
「おー!」


という具合に、あっという間に居士寮の茶道スペースが出来てしまいました。

茶道スペースに雲泉居士が座す

お釜や水指があることで、いつでもお茶を点てる練習ができるのはうれしいことです。
そして、土曜日の午前中の座禅会では輪読をして、座禅をして、お抹茶を飲もう!と決まりました。


コロナ対策にご協力いただきながらになりますが、これから土曜昼前座禅会に参加される方には座禅後にお抹茶を味わっていただくことができそうです。
どうぞお楽しみに!
  合掌 翡翠(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 18:35 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
座禅をしたら「無」になれる? 思考がうるさいのはなくなる?

綾瀬はるかさんが3月8日放送の『しゃべくり007』(日本テレビ系)で「最近の悩み」として「思考がうるさい」のをどうにかしようと座禅みたいなのに1週間いった、と語ったそうです。

結果はというと「(無に)ならなかった」そう。

 

私もできるかぎり毎日座禅をしていますが、無にはならないですね。。。

諸先輩方の話を聞くとどうやら座禅で無になるってことはなさそう。

少なくとも人間禅でしている座禅(数息観)では無になるというより「自分の呼吸と一体になる」ことを目指すので、呼吸だけに集中するという感じでしょうか。

ただし、数息観を日々続けていると、綾瀬はるかさんの悩みのように「思考がうるさい」のを少なくすることはできるかもしれません。

 

初めて座禅をした方々から「思考があふれてきて、自分がこんなにいろいろ考えていたんだと改めて知った」というようなことをよく聞きます。

それを考えると、綾瀬はるかさんはすでにご自分の思考の多さに気付いていたのでしょうね。

素晴らしいことです。

 

数息観で呼吸に集中すると、思考が出てきたら流し、出てきたら流し、、、するので、出てきた思考をすばやく手放すテクニックが身についてくるように感じています。

無にはならないけど、今必要ない思考だなと思ったら、その思考を手放せるようになるのです。

だから、思考が出てくるってことを「うるさいからどうにかしたい」とは思わなくなるのでしょう。

 

座禅をしたら「無」になれる?

思考がうるさいのはなくなる?

 

「無にはなれないけど、思考が出てくるのをうるさいとは思わなくなる」のではないでしょうか。

現時点での私の感覚ですが。

 

「座禅してみたいな」と思ったら、全国の道場一覧からお近くの座禅道場を探してみてください。

「座禅をするともっといいことありそうだけど、そこのところどうなの?」ということを知りたい方は座禅の効用をご覧ください。

  合掌 翡翠(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 15:01 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
エクセルファイルをホームページやブログに埋め込みたい

思い込みというものはとても怖いということを思い知りました。

 

表計算や文書はPDFにして管理や受け渡しすべし、という思い込みをしていたものだから、ホームページやブログにエクセルファイルを掲載したいという要望を何人から聞いても「そんなことできるの?」と謎なだけでした。

しかし、人間禅房総支部のある方からいただいた情報に目から鱗!

OneDrive上では埋め込みコードを作成することができるのです。

そのため、そのコードを貼り付ければ、ホームページでもブログでもエクセルファイルを閲覧したりダウンロードしたりできるということになります。

 

なぜエクセルファイルを掲載したいのかというと、摂心会の日程表や参加表などを開催支部と参加者でやりとりしたいからですが、PDFの掲載では、PDFに変換したりPDFからエクセルに変換したりとややこしいことこの上なし。

 

さて、エクセルを埋め込めるのなら埋め込んでみようではないか!ということで、早速やってみましょう。

 

1. OneDriveにサインインします。

2. OneDriveに埋め込みたいエクセルファイルを保存します。

3. ファイル → 共有 → 埋め込み → 埋め込みコードをコピーします。

4. ホームページまたはブログに埋め込みコードを貼り付けます。

※ 埋め込みコードを貼り付けるときは、ソースコードが編集できる画面で行います。

以上です。

以上ですよ!なんて簡単なんでしょう!!

ホントにもう「老居士、ありがとうございます」としか言えません。

 

ひとつ注意しなくてはならないのは、共有設定で「編集を許可する」のチェックを外さなければならないことです。

このチェックを外さないと誰でもそのファイルを編集できてしまいます。

 

 

とりあえず今回は埋め込むことができればもうそれでよしとします。東京

  合掌 翡翠(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 14:52 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
声を出すということ

シリーズ「女性と禅」 第3回

人間禅女性部で毎年発刊している「あけぼの」から、禅の修行に関する随筆を抜粋してみました。
禅の修行は実際にやってみないとわからないことが多く、また専門用語も多く出てきますが、どのような思いで修行しているのかをお汲み取りいただければ幸いです。

 

「禅は無功徳」といいますし、座禅に何かを求めているつもりもありません。

しかし、擇木道場に通い始めて2年目に入った現在、思い返してみると私のなかに思わぬ変化があったことも事実です。

 

私は「声を出す」「話をする」ということに非常に不安と恐怖を抱いてしまいます。

女性部の静座会(座禅会)では静座(座禅)後に自己紹介や近況報告をする場面があります。

さらに参禅では公案を述べるのにも声を出さなければなりませんし、摂心会では会歌斉唱があったり、食事で食前の文や食畢の偈を唱えるのにも声を出します。

懇親会での歌なんて恐怖でしかありません。

 

今でも声を出すということに対して苦手意識はありますが、それでもその苦手意識が少し薄れたような感じがあります。

そして「話をしても大丈夫なのかもしれない」という安心感のようなものが芽生え始めたのではないかとも感じています。

 

安心感というよりもある意味「諦め」と言ったほうがよいかもしれません。

禅をとるか、それとも苦手なことから逃げるかを選択するときに禅を続けることを選んだということです。

以前の私だったら迷うことなく「声を出す・話をする」という苦手なことから全力で逃げていたはずです。

でも、逃げずに座禅を続けるなら声を出すしかないし、話をするしかありません。

そういう状況に自らを追い込むことができたとも言えそうです。

 

なぜ苦手なことより座禅を選んだのかは自分でもよくわかりません。

そのメカニズムがわかれば他の苦手克服にも役立つのではないかと思うのですが。

 

今でも大きな声を出すことは上手くできません。

ただ、声を出すコツのようなものがなんとなくですがわかってきたように思います。

これは法定のおかげもあると私は考えています。

法定は東京支部の摂心会で作務としてしているだけですが、腹の底から声を出すということを初めて経験したことで、のどの使い方を体がわかってくれたのかもしれないと感じています。

法定は数息観ではありませんが、やはり禅なのだなと思えます。

動きや呼吸のひとつひとつを意識して、その動きや呼吸だけに全力を尽くす。

動きはまったく違うけれどお茶のお点前と似ているとも感じます。

ということはつまり、いつもは忘れてしまいがちだけれど、日常のすべてが禅なのでしょう。

 

日常のひとつひとつに全力を尽くすことはできていないけれど、苦手なことも多いけれど、それでも毎日少しでも数息観をして、できるだけ一炷香坐る。

そんな日々をこれからも過ごしていきたいと思っています。

(掲載に際し、一部修正を加えました)

  合掌 翡翠(東京支部) (あけぼの第25号より抜粋) #女性部

posted by ただいま禅の修行中 | 20:39 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
理想の自分

 擇木道場の風印です。
私は看護師をしており、新型コロナ疑いの患者様を担当することもありますので、道場に行けない日々が続いております。
とは言え、ずっと引きこもっているのも辛いので、先日自転車で葛西臨海公園まで行ってきました。

 

 自宅近くの隅田川沿いには桜の木が沢山植わっているのですが、5月下旬の今は青々とした葉が茂っていました。

木々の生命を感じるようでこれも悪くないと思いました。

 

 荒川沿いをずっと南下したのですが、途中で一面の花畑がありました。

鮮やかな花は気持ちを和ませてくれますね。

 

 荒川の土手に沢山の人が集まっていて、何をしているのだろうと思ったのですが、ブルーインパルスの航空ショーを見に集まっていたようです。
 

 私も運良く写真を撮ることが出来ました。

ブルーインパルスについては様々な意見があるようですが、先入観を捨てて見れば見事なショーだと思います。子どもの頃のように純粋な気持ちを持てなくなったのは、何時からだろうと思いました。

 

 さらに南下して海が見えてきました。

 

 海辺に行くとフナムシがいました。


子どもの頃は平気でバッタなどを触っていたのに、虫が苦手になったのは何時からだろうと思いました。

 

 波音を聞きながら昼食を食べましたが、夜勤明けだったため海辺で寝てしまい、手や顔が真っ赤に日焼けしてしまいました。

 

 最近思うのは、不満や辛さの裏側には思い描く理想の自分があるということです。
もっと人に認められたい、豊かになりたいという気持ちが叶わない時、不満や辛さを感じる。
しかし、そんな気持ちを抱くのは浅ましいとも思っているので、中々それが認められない、気付かない。
他方で理想を思い描くのは決して悪い事ではなく、理想があるから意欲や向上心を持てるとも思います。
社会的な成功に一喜一憂するのは馬鹿馬鹿しいと思うのは、妬みがあるからではないかと思います。
皆が達観できる訳ではないし、その必要も無い。
共同体の価値観を認めた上で、執着せずにいられたら良いなと思っています。

 

合掌 風印 拝(東京支部) #青年部

 

posted by ただいま禅の修行中 | 05:20 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
テレワークで集中できないonoff切り替えできない方には座禅がおすすめ

緊急事態宣言が出されてから約50日。

ようやく解除されましたが、これからは働き方も変わってきそうです。

 

新型コロナウイルスの影響で働き方が変わると言われている中、テレワークに移行していく業種もあると言われています。

ただ、テレワークで集中できない、とか、やる気がでないという話を聞きました。

テレワーク100%になったら集中力がもっと必要だという話も聞きます。

今こそ座禅(数息観)を試してみるよい機会だと思います。

ということで、座禅の方法を載せている人間禅のホームページをご紹介します。

社会人のための坐禅(座禅)道場〔人間禅〕

 

座禅を試すといっても1回や2回で何かが変わるなんていう訳でなく、少しずつでも毎日続けることがよいのだと言われています。

 

座禅風景(於 擇木道場)

 

座禅をおすすめしたい理由は、集中力がつくからということももちろんありますが、それは座禅を続けた場合に期待できるのではないかと私は考えています。

集中力をつけることと座禅との関係性は老師(人間禅名誉総裁 葆光庵丸川春潭老師)の「道力(胆力)を付けるには」などを読んでいただければと思います。

テレワークで集中できないという場合、仕事前に座禅をすることによって、集中の前段階であるonoff切り替えがしやすくなると感じています。

仕事前にたとえ短時間でも座禅(数息観)をすることによって「これから仕事」という意識になりやすいです。

少なくとも私は意識を次のこと(たとえば仕事)に向けやすくなると感じています。

テレワークで集中できないとお思いの方、どうぞお試しあれ。

  合掌 翡翠(東京支部)

posted by ただいま禅の修行中 | 20:54 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
ドクダミの花

JUGEMテーマ:

 

東京支部の黄玉さんがFBにドクダミの花をアップしています。

どうぞご覧ください。

 

  (東京支部)

posted by | 10:25 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
グーペでのアンカーリンク(ページ内リンク)をhtmlだけで微調整する方法

人間禅ではグーペというホームページ作成ツールを使っています。

初心者の私が使うにしてもまぁまぁ扱いやすいのですが、それでも「どうしたらいいの!」という部分もあります。

そりゃ、多々あります。

で、ひとつクリアしたみたいなので忘備録として載せておこうと思います。

たぶん邪道で、しかもSEO的によい方法かどうか疑問なところが残念ですが。

 

何ができたかというと「ページ内リンクの微調整」です。

結論から先に言うと、グーペのヘッダー固定のデザインでは「二行上にアンカーポイントを設置」すればいいみたい、ってことです。

 

専門家ならサクッとしかももっと効率よくできることだとは思いますが、なにせホームページ初心者ですから「アンカーリンクってなんぞや?」というところから入りました。

アンカーリンクとは簡単に言うと「任意の場所にリンクさせる仕組み」のこと。

ただ、人間禅のホームページで使っているデザインはヘッダーを固定しているため、アンカーリンクを設置するとジャンプした先でヘッダーの高さ分、位置が下にズレてしまうのです。

これがどうも気になります。

 

今回調整したのは「全国の道場一覧」ページ内でのアンカーリンクです。

人間禅には北海道から九州まで全国に座禅道場がありますが、たとえば「関東近県ブロック」をクリックすると関東近県という見出しと茨城支部から下が見えるようになるはずなのに、房総支部辺りから下が見えるような状態だったのです。

とすると、茨城支部を見たいのに関東近県には茨城支部が見当たらないということになってしまうわけで困っていました。

 

CSSで調整する方法やjavascriptで調整する方法もあるようですが、素人の私はできるだけ触りたくない部分。

htmlだけでなんとかしたいので、下がる分だけアンカーポイントを上げればいいだろうと考えました。

ついでに、HTML5ではname属性というのが非推奨らしいので、id属性で作成しなおしました。

 

 

ここからが本題。

「全国の道場一覧」ページでのページ内アンカーリンクの微調整方法を書いていきます。

 

まず、大見出しにアンカーポイントを作成しました。

ソースコード

<h3><a id="全国の道場一覧"></a>全国の道場一覧</h3>

そして、「トップに戻る」という文を各地区の下に設置しました。

で、そこに

ソースコード

<p><a href="#全国の道場一覧">トップに戻る</a></p>

というリンクを張りました。

その後、各地区のアンカーポイントを作成。

たとえば「関東近県」ならそのすぐ上の「トップに戻る」にアンカーポイントを付け足すように設置しました。

ソースコード

<p><a id="関東近県"></a><a href="#全国の道場一覧">トップに戻る</a></p>

 

これで、「関東近県ブロック」をクリックすると関東近県の見出しから下が表示されるようになりました。

フォントサイズなども関係してくるとは思いますが、二行上にアンカーポイントを設置するとよさそうです。

今度は東京支部のページでもページ内リンクを作成してみようと思います。

  合掌 翡翠(東京支部)

posted by | 19:51 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
座禅とキリスト教

 擇木道場の風印です。
最近かなり前に録画してあった、Eテレの『こころの時代〜宗教・人生〜』を見ました。

 

 『外国人収容者と共にありて』は、牧師の柚之原寛史さんのお話でした。


 『私自身が醜い心になっていたから全てが醜く見える。裁きの目です。 何をするにしても人の粗探し。 周りの人が自分を痛めつけて苦しめていたのではなくて、私自身の思いが自分自身を苦しめて痛めつけていた。』(注1)
私は直ぐに人を批判する癖がありますので、それは私自身の心が醜いせいだと反省しました。

 

 『「善きサマリア人のたとえ」では、強盗に襲われ、瀕死の重傷を負ったユダヤ人を、同じユダヤの神官や神殿に仕える者たちが見て見ぬふりをして素通りしていく中、ユダヤ人に差別されていたサマリア人だけが救います。』(注2)
汝の隣人を愛せよとは、自分達の仲間だけを愛するというような『仕切りのある愛ではなくて、それを取り外した、いかなる人に対しても愛し、その愛を行いなさい。行動としてアクションを起こしなさい、というふうにイエスは語ったわけなんです。』(注3)
隣人とは同胞のことだけを言うのではないかと誤解していました。キリスト教も面白いですね。

 

 マルコによる福音書2章17節によると、イエスは『私がきたのは義人(善人)を招くためではなく罪人を招くためである。』(注4)と語ったそうです。
親鸞聖人の悪人正機説みたいだと思いました。

 

 

 『長崎の祈り―水がめを運ぶ人々に導かれて』は、カトリック長崎大司教区司祭の古巣馨さんのお話でした。


 『人間関係がですね切れていくのは、ゆるしがないからなんですよね。ゆるしがあればまた元に戻ることができます。本当にゆるしがあればそれまでどんなに難しい状況であっても、また絆を結び直すことができます。イエスは十字架にかけられた時に「父よ、この人たちをゆるしてください。何をしているのかわかっていないんです」って。十字架上の言葉は、ゆるしの言葉だったんです。そしてゆるされた人は救われた人です。ゆるされないから救われないんです。ゆるしがないところには憎しみが生まれますよ。憎しみはまた復讐となって連鎖していきます。救いの一番の泉は、そこに「ゆるしがある」ということです。』(注5)
私はつまらないことにこだわって怒ったりイライラしていたのですが、そんなとらわれをゆるしてみれば、つまらないこだわりなどどうでもよくなってくると感じているところです。

 

 『私もせっかく生まれたんだから、生きがいを持って生きたい。そう言って自分の都合を言っているときは、とっても生きづらかったです。でもこの頃思うんです。私の都合でなくて神様の都合をいつも考えようって。神様の都合があるから、私はここにいるんだと思うんです。神父さん、私には都合はなかとです。あなたの都合の良い時に来てください。』(注6)
これは、仏教に言う無我を言っているのではないかと思いました。

 

 座禅もキリスト教もどこか通じるところがあると思えて、とても面白い番組でした。

 

合掌 風印 拝(東京支部) #青年部

 

注1〜4)NHKEテレ『こころの時代〜宗教・人生〜 外国人収容者と共にありて』,2018.9.30放送

 

注5〜6)NHKEテレ『こころの時代〜宗教・人生〜 長崎の祈り―水がめを運ぶ人々に導かれて』,2019.9.8放送

 

posted by ただいま禅の修行中 | 23:12 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
脱中心化について

 擇木道場の風印です。

 私は看護師をしており、比較的にコロナウイルスへの感染リスクが高いと考えられるため、毎日のように座禅をしていた擇木道場に当面行けなくなってしまいました。
  外出を控えなければならなくなりましたので、自宅で本を読んだりしています。

 

 最近『マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本』と言う本を読んでいるのですが、マインドフルネスや認知行動療法では「脱中心化」がキーワードになるそうです。

 『人は落ち込むとき、意識が過去に飛ぶ。そして、「なぜ、あんなことをしてしまったのだろう。あんなことをしなければ、今頃こんなことにならなかったのに」といった思考が反芻を始める。そうするとそのことが頭から離れなくなり、気分もどんどん沈み込んでいく。一方、不安になると、今度は意識が未来に飛んで、そこで同じような反芻が起きる。
  「思考や感情を、自分自身や現実を直接反映させたものとして体験したり、解釈するのではなく、それらを心の中で生じた一時的な出来事としてとらえること」と定義される「脱中心化」の視点が、このような反芻にはまり込んでいる状態のときに有用であることは想像に難くない。「思いを、単なる思いにすぎないと認識する、という単純なことによって、あなたはゆがめられた現実から解放され、自分の人生をよりはっきりと見つめ、管理できるようになります」というKabat-Zinnの言葉のように、自分の思考や感情への囚われから抜け出し、正しく現実をとらえ、その状況に応じた対応が可能となる。
  実際にTeasdaleらは治療によって抑うつの再発予防ができた場合、否定的な認知が浮かんでもそれが事実ではないことを認識して距離を置けるようになること、つまり「脱中心化」した視点を持てるようになることを見出した。』(注1)

 

 マインドフルネスはうつ病、不安障害、がん、緩和医療、慢性疼痛などの治療に用いられており、臨床的にも重要性が高まっていますので、少しずつ学んで行きたいと思っております。

 

合掌 風印 拝(東京支部 #青年部

 

注1)佐藤充洋、藤澤大介『マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本〜医療者のための臨床応用入門〜』,日本医事新報社,2018,P.137〜138。

 

posted by ただいま禅の修行中 | 11:54 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
オウギヤシという植物

 インド西ベンガルの冬はけっこう寒いです。とはいえ、4度以下になることはなく、霜が降らないので日本で見られない熱帯植物が色々みられておもしろいです。
このヤシの木はインドの東北部ではどこでも見られるオウギヤシ、ここでは実を食べたり、樹液から砂糖や酒を作ったりします。ベンガルではタール、サンスクリット語では<tara>とよばれています。紙が使われる前は、インドではこの葉でお経を書いていました。葉の表面に鉄筆で文字を刻み、炭を塗り拭き取って文字を残します。葉に横二箇所に穴を開け、紐を通して一枚読んでは向こう側にめくると、散逸しないようになっています。これがインド古来の経の形式<Tara pattra>(貝多羅、貝葉経)です。
貝葉経は今でも東京上野の法隆寺館で私たち誰もが見ることができます。『梵本心経および尊勝陀羅尼』7世紀初頭頃。インドから中国に渡った僧が梵語で書いた般若心経と陀羅尼経だといわれています(これは墨で書かれている)。しかしながら、こんな葉っぱが、さらにはるばる日本に運ばれ、千数百年も大切に保存されていることは凄いことです。
2020年、今年の年越しもシアン村で過ごしました。この地は私と主人が学生時代1973年から頻繁に来ている場所です。そろそろ半世紀になります。長かったようで過ぎ去った時は、ほんの一瞬の様にも思えます。

インド西ベンガル州ビルブム県シアン村にて

 

西岡由利子 <東京上野桜木在住 東京支部の坐禅会員>

 

posted by ただいま禅の修行中 | 14:00 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
人間禅擇木道場について

人間禅擇木道場について

 

 人間禅は千葉県市川市に本拠地を置く宗教法人で、会社員、主婦、学生など様々な方々が日常の暮らしの中で道を求め、共に禅を学び自己の修養を深める、社会人のための座禅道場である。全国に36ヶ所の道場があり、擇木道場は人間禅の東京支部として日暮里の谷中に所在する座禅道場である。

 宗教法人「人間禅教団」の源は、明治8年に創設された居士禅の会である「両忘会」にある。居士禅とは、従来僧侶にしか許されていなかった禅門の修行を、職業を持つ社会人に認め、佛法の正脈を伝える事を認めた新しい禅佛法を言う。

「両忘会」創設の由来は、幕末から明治の剣術家・政治家として知られる山岡鉄舟を初めとする10数名の居士が、国の前途を憂え寺院の伝統の殻を脱却した在家禅の振興によって、有為の人材を養成するために、当時臨済宗円覚寺の管長であった今北洪川禅師を東京に拝請して摂心会を開催し、この集まりを「両忘会」と称したことによるものである。

「両忘会」の主催者となった山岡鉄舟が出家しようとした時、洪川禅師は「失望せざるを得ない。(仏法の)大なるところを攫んで居られないやうな気がしてならぬ」として反対したが、これは決して出家を否定したから出家を止めたのではないと考えられる。

 出家とは自分を徹底無にすることが条件である。姿形を無くし法そのものになることである。空である。しかし娑婆は色である。職業や立場など具体的な姿形を通じて救済の働きを成さねばならぬ。

 洪川禅師は、伝法嗣法は出家が命がけでやるから、君はそちら側で働くべきである。君は特別な働きができるのだから。君という形はふたつとないのだから。形を無くしてはいけない。在家のまま働いて、多くの人を彼岸に渡してほしい。このように言われたのではないだろうか。

 結果として山岡鉄舟は出家せずに「両忘会」を続けていたが、その「両忘会」も何時とはなしに中絶してしまった。

 明治34年に、当時鎌倉円覚寺において参禅していた居士らが、時の管長釈宗演老師のもとに、「居士会」を創設したいため、釈宗演老師の戸籍上の息子である釈宗活老師を東京に拝請したい旨を申し出た。釈宗演老師はこれを許可し、その会に一時中絶していた「両忘会」という名称を与え、ここに「両忘会」が再興されることとなった。

 釈宗演老師は慶応に学んで洋学や英語を学んだり、セイロンに留学したり、日本全国のみならず世界へと行脚し、欧米に初めて「ZEN」を伝えた老師として知られている。

 一方、釈宗活老師は、医者であった父親に才を見込まれて英才教育を受けたが、臨終の母の「富貴栄達を望まず、正しき教えに就いて自分の心を磨いて名珠の如き人間になれ」との遺言を守り、20歳の時今北洪川禅師に入門、洪川禅師帰寂後は釈宗演老師に参禅して厳しい修行をし、29歳の時出家した。そして、明治34年、32歳の時に釈宗演老師に両忘庵の庵号を授与され、その命により「両忘会」を再興したのである。明治38年頃には若き日の平塚らいてうも日暮里の両忘会の道場で座禅をしていたそうである。

 釈宗活老師は明治39年に渡米し、サンフランシスコに北米両忘会を開設した。その後、北米両忘会はニューヨークに移り合衆国の公認を得て、昭和20年まで会は存続し、老師も何度か渡米したとのことである。

 そしてついに大正4年、医科機械商を経営し、禅の修行もしていた田中大鋼居士が日暮里の谷中に「擇木道場」を建設し、両忘会を主催していた釈宗活老師に寄進したのである。ここで、「擇木(たくぼく)」とは「良禽(りょうきん)は木を擇(えら)ぶ」という中国古典 「左伝」の中から採られ、修行者が正しい師家を求めて参禅弁道すると言う意味である。

 大正14年には、認可に伴い「財団法人両忘協会」が設立され、立田英山老師が第一回理事に就任した。両忘協会は、昭和15年には宗教団体法施行により「両忘禅協会」に変更された。

 立田英山老師は、明治26年生まれで、大正5年に東京帝国大学在学中に釈宗活老師に入門。大正8年に東京帝国大学を卒業し、大正10年に中央大学予科、自然科学の教授に就任した。大正12年、30歳の時に「耕雲庵」の庵号を授与され、昭和3年、35歳で師家分上となり、両忘会最初の居士身のままでの法嗣が誕生した。出家しなければ本格の修行ができず、妻を離縁せざるを得なかった今北洪川禅師の時代から、出家が在家を嗣法者にした時代が来たのである。

 釈宗活老師が立田英山老師を法嗣とした決断の背景には、出家か在家かの区別以前に、只々真の求法者でありたい、という願いがあったのではなかろうか。その真剣さが出家か在家かという区別を乗り越え、「二者択一」から「不二」へと飛躍したのだと思う。

 昭和4年、中央大学に座禅の会である「五葉会」が結成され、これが機縁になって各大学に座禅の会が結成された。

 昭和11年には、千葉県市川市に現在の人間禅本部道場が建設された。本部道場は今も当時の面影を十分留めており、会員の手で大事に守られている。

 この後、戦中戦後の時代が来るが、混乱の中の巡錫は困難を極めたという。例えば立田英山老師が北海道の摂心会に巡錫の際には、身動きできない混雑の中で汽車に揺られ、海を渡るには蟹工船にまで乗ったということだった。

 昭和22年、突如「両忘禅協会」は釈宗活老師によって閉鎖された。

 理由は明らかにされていない。この時のことを立田英山老師は、「私の20数年に亘る宗教生活の基盤が足元から崩れ、途方に暮れてしまいました、ただわずかに自利利他の素願の達成はあらゆることに優先し、誰人といえどもこの志だけは奪えないという信念と、志を同じゅうする少数の道友に励まされて」翌年ただちに「人間禅教団」を発足させたと振り返っている。

 昭和24年、立田英山老師は人間禅を設立し、その初代総裁に就任した。その「立教の主旨」には、従来の「伝法のための伝法」ではなく、「布教のための伝法、世界楽土の建設のための立教」であることが明記された。人間禅の精神としては、人間味が豊かなこと、各自の個性を重んずること、神秘性を説かないことが挙げられた。科学者らしい合理を重んじた明快な宗教観と言えるであろう。

 釈宗活老師は両忘禅協会閉鎖の理由を語らなかったが、老師自身が幕を引いたことで、出家のしの字もきれいに無くなり、伝統的な寺や僧や歴史的なしがらみがもたらす全てが払拭され、「在家の、在家による、在家のための僧伽」が誕生した。

 換骨奪胎されて残ったもの、そこに永遠にあるもの、それは釈尊の悟りであり、仏法そのものである。純粋に真っすぐに自己に向かう努力を惜しまず、やがて人々と共に彼岸に渡る、その誓願である。娑婆に生きる者自らが任に就き働く道がここにある。釈尊の神髄は天地を窮め、人間禅という在家禅の存在そのものの中にも生きているのである。

 その後、擇木道場は建物が老朽化したため、多くの関係者による寄付金によって、昭和63年に第一期改築工事、平成4年に第二期改築工事が完了して現在に至っている。擇木道場は人間禅の東京支部として、支部員をはじめ、禅を志す人々が日々、修行に精進している。

 

人間禅擇木道場

 

擇木道場の禅堂

 

参考文献

「擇木道場創建100周年記念 蒼龍窟今北洪川禅師から山岡鉄舟への手紙」 平成28年2月14日発行 著者:慧日庵笠倉玉溪 発行所:宗教法人 人間禅 擇木道場

 

「宗教法人 人間禅教団30年史」 昭和53年5月5日発行 発行者:人間禅教団30年史 編纂委員会 発行所:宗教法人 人間禅教団

 

合掌 風印(東京支部) 拝

 

posted by ただいま禅の修行中 | 19:41 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |
立田英山老師作品集

擇木道場の風印です。

人間禅の新しいホームページでは、立田英山老師作品集をご覧になることが出来ます。

 

 

上の写真は写真集『我ここに今かく在りぬ』の中の一枚です。

 

社会人のための坐禅道場 [人間禅]
https://r.goope.jp/ ningenzen1948

 

PCでは上記ホームページの「立田英山老師作品集」をクリックするとご覧になれます。

 

 

スマートフォンでは下の赤丸の部分をクリックし、

 

 

「立田英山老師作品集」をクリックするとご覧になれます。

 

 

その他にも人間禅が発行した禅の文献や機関誌「禅」も読むことが出来ますので、ご覧になって頂けると幸いです。

 

 

合掌 風印 拝

 

posted by | 20:59 | 東京・日暮里の座禅道場【擇木禅道場】 | comments(0) | - |