客観的な世界なんてあるのかな?

  • 2020.01.07 Tuesday
  • 22:52

風に揺れる旗を見て議論していた

旗が動いているのだ、

いや、風が動いているのだ、と。

そこに

どちらでもない

自分の心が動いているのだ、と。

その人が達磨大師の流れを継ぐ

六祖慧能だといわれている

我々は、自分が居なくても

客観的に旗が風に揺れていると思いがちだ

だが待てよ、旗には揺れているという認識はないだろう

 

人が揺れている旗を認識して初めて意味が出る

しかも

自分が見ようとして旗が動くのを見たのではないだろう

眼に動く旗が映じ、

それを風に揺れる旗だと認識して

初めて気づくのだ

認識している自分に

 

動く旗を認識したのは自分の意識ではない

自分の眼に動く旗を映じさせ

風に揺れているのだろうと思わせているのは

この自分の心や身体ではない

 

この不思議な力に気付くことが出発点

 

空気を動かし風にしているエネルギー

旗を形作り揺れているエネルギー

我々の心と身体を動かしているエネルギー

 

全て同じエネルギーだろう

 

このエネルギーが単なる塊に過ぎなかった地球に

緑を生まれさせ

生物を生まれさせ

その過程で人間が生じ

どんどん進化させている

 

風を起こし

旗を動かし

動く旗を認識する

 

全て、このエネルギーの為せる業だ

このエネルギーが宇宙を進化させているのならば

このエネルギーに任せよう

 

自分の外に大きな客観的な世界が存在し

後から小さな自分が生まれ

あっという間に死んでいく

そういう考えは錯覚だ

 

自分が認識して初めて世界は意味を持つ

ただ、自分が自発的に認識したのではない

我々の眼や心を使って認識したのも

このエネルギーなのである

 

この大いなるエネルギーの立場から

自分の心や身体眺めてみる

このエネルギーの流れを邪魔しないように

心や身体を使っていく

 

ここに創造的な人生が生まれるのだろう

 

日峰

 

 

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