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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
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父の死

父が息を引き取った

肌の色や表情には何の変化も見られないが

ピクリとも動かず

恐らく意識もない

コンセントの外れた電化製品のようだ

 

生命エネルギーが注入されなくとも

この身体も

やがて因果の流れにより

宇宙の中に同化してゆくのだろう

 

一方、今も

生命エネルギーが注入されている

私の身体も因果の流れの中にある

 

生命エネルギーは

この眼や耳などの五官を使い

意識を生じさせ

私(?)をどのように動かそうとしているのだろう

 

それは心耳を澄ますしかない

この世に存在するものの

あらゆる動きの兆候を感じ

この世に存在するものの一つとして

あらゆる動きと一つになって流れて行く

 

この身体に繋がれた

コンセントの先に何があるのかはわからないが

注入されている

生命エネルギーを濁すことなく

一瞬一瞬を宇宙に投入する

 

その精進の先に生死を超えた何かを

見出せるかも

 

日峰(東京荻窪支部

posted by ただいま禅の修行中 | 04:15 | 東京荻窪支部 | comments(0) | - |
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