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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
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捨て身に徹底すれば崩れない 〜小川忠太郎先生剣道話(57)〜

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正しい稽古というのは、さっきやった直心影流の形の気合だ。
その気合で構える。そこまで行くと、技は自然な技しか出ない。ごまかしの技は出ない。

形の一本目の「切り落とし」(面)一本。二本目の突き一本。これしか出ない。
あまりチョコチョコした技は出ない。そういう技だけ覚える。「死中に活を求める」というのはそれだ。

「ズーッ」と。本当に一生懸命になれば、「ズーッ」と一本。


ところが、基礎が悪いと、その前に右手に力が入っちゃう。打つ前に力が入っちゃうから崩れちゃう。
打とうという念があれば、右手に力が入っちゃう。そこは修練だ。

「猫の妙術」でいう「眠っている猫」「木で作った猫」でなければいけない。
そうすれば、「ズーン」といく。

剣道はこれ一本覚えれば大したものだ。
あとは色々な技を磨いたらいい。一刀流に百本もあるんだから。
とにかく「ここ」を覚える。


それには、打つ前に崩れちゃ駄目だ。それではまだ捨て身に徹底していない。
剣道の構えは捨て身。相打ち。捨て身に徹底していれば崩れない。

わずかのところだ。そこを頭に置いて、打たれる事を気にしない。「ズン」と前へ出る。

みんな、そこへ来ているんだから、打つ前に崩れないという事を修行する。
打たれてもいいんだから、出て打たれる。その間に悟りがある。

大事なところですからね。打つ前に崩れないというところをひとつ研究する。
そこをひとつ覚えれば、稽古が「グーッ」と伸びる。

みんな、良いんだけれども、打つ前に崩れる。もっと言えば、打つ前に「打とう」という一念が出る。

出ても良いけれど、一念が出た時には、打っちゃっていなければいけない。突こうと思った時には、突いちゃっていなければいけない。

思ってから行くのじゃ駄目だ。

そういうところを目標に、しっかりやってください。


昭和57年1月24日
宏道会剣道場述
(『小川忠太郎先生剣道話 第一巻』より)
*タイトル、構成、( )内……栗山令道(中央支部) #剣道部 #宏道会

posted by ただいま禅の修行中 | 16:00 | 中央支部 | comments(0) | - |
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