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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
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当面は形(カタ)三昧の有り難さ! 〜形だけ会員歓迎中〜

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当面は形(カタ)三昧の有り難さ!

〜形だけ会員歓迎中〜


無得庵こと小川忠太郎先生いわく。
「形はいいんだ。ただ真剣になれないんだ。形で真剣になれたのは寺田五郎右衛門ただ一人じゃないかな?
56歳で一刀流の免許皆伝ですよ。
偉い人だね。それでまだ納得できないんだよ。それでまたやるわけなんだね。
自信が出来たのは70歳を過ぎてから。それは、東嶺和尚に参禅したから。」

江戸時代後期の剣術家寺田五郎右衛門は、竹刀と防具を用いた打ち込み稽古を邪道だとし、17歳の時一度中西道場を去っている。
51歳の時、高崎藩の命により再び中西道場に戻ってからも、竹刀と防具の稽古には目を向けず、ひたすら形三昧の修行を続けた。

その中西道場で五郎右衛門から形の指導を受けた千葉周作は、寺田五郎右衛門とその弟子の白井亨について次のように語っている。
「寺田氏は、自分の構えた木刀の先より火炎燃え出づると云ひ、白井氏は、我が木刀の先よりは輪が出づると云ひ、いずれも劣らぬ名人なり」

また、直心影流第15代山田次朗吉は、寺田と白井について、
「実に二百年来の名人として推賛の辞を惜しまぬ。」
と評している。

寺田の弟子白井亨は、竹刀と防具の稽古で剣術に行き詰まり、その後体力的にも行き詰まって死ぬ所まで行ってしまった。
しかし、そこでたまたま出会った白隠禅師の『夜船閑話』で、2ヶ月間真剣に坐禅をして三昧に入り、心身に著しい変化を感じた。その直後、寺田の指導によって開悟している。

ここで、ひるがえって人間禅ならびに宏道会を見たときに、私たちには、寺田・白井両先生を名人たらしめた古流の形と坐禅が、あらかじめ用意されているのである。

また、宏道会には、この社会状況下でも一人でいくらでも出来る素振りがある。さらには形の10時間立ち切り稽古である「一刀流遍稽古」もある。

 


 2019年12月に行われた10時間立切りの一刀流遍稽古


古流の形には、人間と人間とが真剣を持って向き合うという真剣勝負を通してつかみとられた、相手ではなく自己の心をどうしたら良いかという、人間形成の偽りのない極意が入っている。

故に、その形の極意を我が物とするには、どれだけ真剣になり切れるかにかかっている。言い換えれば、いかに呼吸が丹田から足元の方まで下がった状態で出来るか、ということである。
その呼吸を下げる修練が、坐禅であり、素振りだ。

その坐禅と素振りは、すでに宏道会の形稽古に出ているのである。
小川先生は、「宏道会の一刀流は自信を持っていい。」といわれている。

この機会に、そこをさらに徹底するのである。

このようにとらえ、このコロナ禍という社会状況下にあって、形三昧の稽古が出来る幸せを味わいたい。他の道場では、なかなかこうはいかないことである。

7月から再開を試みる宏道会の稽古は、マスク着用の条件付きと、当面は、基本、声を出さないで行える一刀流の稽古が中心になる。


ところで、最近の傾向として、剣道未経験の人間禅会員男女が、形(直心影流、一刀流)だけを修練する宏道会の会員となって、稽古に見える方が増えつつあるのは、とても良いことだと思う。そういう方がもっと増えてくることを希望したい。

人間禅だけではない。一般からも剣道の経験の有無・年齢・男女を問わず、形だけの稽古でもいいので、修練したいという方も歓迎します!

今はまだコロナ禍の中で、7月5日から当面日曜日午前中と水曜日夜に限って、新しい稽古の方法を模索していくところですが、コロナが収束する頃を睨んで、「形だけ会員」をぜひご検討してください。

合掌
宏道会師範 栗山令道 中央支部 #剣道部

posted by ただいま禅の修行中 | 10:00 | 中央支部 | comments(0) | - |
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