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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
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横浜支部に入会して

私は、総持寺(曹洞宗)や、鎌倉の曹洞宗とテーラワーダ(小乗仏教)両方で修行をされた方の座禅会に参加しておりました。
多くの方が苦しみを抱える現代、私のような家族の突然の死がきっかけとなり仏教に興味を持つ者以外にも、幼少時の両親との確執や離別、思春期の人間関係の失敗などにより、成長した後も対人関係がうまく結べなかったり、怒り・自己嫌悪などの問題を抱え、それを解決するメソッドを求めて来ている方が多いと感じています。
皆さんそれぞれ宗教遍歴がある方も多く、主に下記のような場所です。

1)テーラワーダ(小乗仏教)系
アルボムッレスマナサーラ長老、ゴエンカさん、プラユキ ナラテボーさん、草薙龍瞬さんなど
2)チベット仏教系
ダライ ラマ法王、ヨンゲ ミンギュルリンポチェなど

3)マインドフルネス系

  ティックナットハン師、島田啓介さん(ゆとり家)など
4)非二元系
ラマナ マハルシやニサルガダッタ マハラジなど

上記の瞑想会などを経験した方や、今まで和の文化に余り触れる機会が無かった方が人間禅に来た場合、感じる違和感や敷居の高さには次のようなものがあると思います。

1)年齢層
人間禅は長年定着している方が多く年齢層が高いため、若い方は、少し遠慮してしまう・とっつき難い・仲間が出来にくいなど感じると思います。
私は小規模な横浜支部で支部長を始め閑徹さんや正徹さんなど何人もの方に当初より親しく声をかけて頂き、大変心強かったのを覚えています。また分からないことを気軽に聞ける同性の翠玉さんの声かけも大変助かりました。

2)禅は役に立たない(禅は無功徳)。
よく聞くフレーズでそうなのだとは思いますが、苦しみ救われたいと思って来ている新到者がこれを言われると、万事休すかと思います。
修行を通じ自分が変化し(閑徹さんは自分を覆っていた鎧が一枚一枚剥がれて行くよと教えて下さいました)、苦しみを手放して行けることを説明すべきだと思います。 

3)作法や礼儀が厳しい。
和の文化に親しんでいないと、不合理で窮屈なものと思われがちだと思います。
(時間をかけて細かい席順を決めているのに、びっくりしたことがあります。)
嗣法であるが故に伝統を重じていることや、相手を思いやる心や物事を進める上で効率的なメソッドとして理由があり定着したものであることなどを、是非分かって頂きたいと思います。

4)封建的に見える
老師に侍者がつくことや、老師のお考えが決定に大きな影響力を持つことなどを封建的と捉える方もいると思います。
禅をして行く上で老師をを敬い信頼することは当然且つ必要であること。
また実は組織としてはかなりしっかりした民主的な組織であることは、他の宗教法人とは一線を画すほどのものがあると思うので、そこが分かれば却って安心して頂けると思います。

5)仏像が無い。
お寺には必ず有るものなので、仏教から離れた亜流では無いかと誤解される場合もあると思います。
特にテーラワーダを経験された方は、お釈迦様を拝む機会が無いことに違和感があるかと思います。

6)飲酒について。
テーラワーダやチベット系もお酒は基本飲まないので、修行の場でお酒を飲むことに大変びっくりしました。

 在家の活動であるし、慣れてしまえば親しくなれる機会なのですが。

以上色々述べましたが、これから人間禅に馴染んで行く身でありながら、大変僭越なことを述べましたことをお許し下さい。

ただ新到として感じやすい点を挙げさせて頂きました。

また、現在感じている人間禅の魅力としては
・立派な道場を備えていること。
・しっかりした構成の民主的な組織であること。
・歴史と実績に裏打ちされた伝統的なメソッドを伝えていること。
等々沢山あります。


そしてこれは正直な感想ですが、特筆すべきは人間力のある方が多いと言う点です。
他の座禅会のサンガでも親しい友人はたくさん出来ましたが、迷っていたり苦しみから抜け出せず同じところをグルグル回っている方が多い様に感じました。
人間禅のサンガでは苦しみはあっても真っ直ぐ前を見て進んでいる方が多く、先輩や老師の方々には確かに自分とは違う風格、人間力を感じることができました。

前述した、「自分の鎧が一枚一枚剥がれて行く。」ことは、苦しみにがんじがらめになっている方たちにとり、大きな希望になると思います。
是非多くの方達にそこを感じ取るまで、参加して頂きたいと思っております。

最後に、今まで座禅(瞑想)会で苦しんでいる方が沢山いらっしゃること、けれどもいくら瞑想をしても心療内科にかかっても苦しみから逃れることができず、いわゆる瞑想難民と言われるような方が沢山いらっしゃることを見て来ました。
本来日本の伝統仏教は力強い「救う力」を持っていると思うのですが、その役割を果たそうとしているお寺さんは非常に少ないようです。

そんな中、人間禅が果たす役割は大きく、是非新到さんがここでなら私の苦しみが軽くなるかも知れないと、2回・3回と足を運びそれを実感するようになって頂きたいと心から願っております。

 

人間禅に出会うことにより、私の目の前に開かれた禅の世界。

そこで私はどうなって行き、どんなご縁に恵まれて行くのか? 少し緊張すると共に、ワクワクしています。

老師と先輩方のご鞭撻に感謝しつつ、筆を擱きます。

  合掌 眈勝横浜支部

posted by ただいま禅の修行中 | 22:45 | 横浜支部 | comments(0) | - |
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