深い河

  • 2020.01.20 Monday
  • 00:29

 遠藤周作の遺作である。クリスチャンで有名な著者であるが、東洋的な汎神論的な色彩を出している。

 突然、それまでの人生に疑問が生じた登場人物がなぜかインド・ガンジス川へのツアーに参加する。

  会社人間、磯辺は、仕事や業績が全てだと思ってきた。自分が先に死ぬと思っていたら、妻が先立ってしまった。そこで気付く。「生活と人生とは異なるのだ」と。生活のために交わった人は大勢いたが、人生の中で本当にふれあったのは妻と母しかいなかった。数えきれないほどの男女があるのに、人生の同伴者となった縁。それは偶然の出会いではあったが、ずっと以前からの流れの中の必然のようにも思えた。

  沼田は、幼少期を満州大連で過ごす。沼田の唯一の話し相手が捨て犬の「クロ」だった。クロだけが沼田の悲しみを理解した。彼は命あるもの全てとの結びつきに惹かれ、童話作家となる。彼の童話の中では全ての生き物が通じ合っていた。昔の結核が元で沼田は長い闘病生活を送る。そこで彼が本当に対話をしたのは九官鳥だった。一か八かの大手術で生き延びるが、その九官鳥が身代わりに死ぬ。沼田はガンジス河でなら九官鳥に会える気がした。

  事業家木口は、戦時中インパール作戦で死にかける。救ってくれたのは戦友塚田。戦後、二人の死んだ戦友南川の遺族が塚田を訪ねてくる。それから塚田は肝臓が破壊されるまで酒に頼る。実は、彼は木口と生き延びるため、南川の死肉を食べていたのだ。恩人塚田は苦しんで死んだ。木口を救うために人の肉を食べたこと、その罪の意識に勝てなかった。木口の足は再びインドを目指した。

  成瀬美津子は、地方の裕福な家の娘で美貌の持ち主。四谷近くの都心の大学に都心のマンションから通う。男友達にも不自由しなかったが、見合いで有名建築業者の息子と結婚する。ゴルフと車に夢中の堅実な実業家だったが、世間的に真っ当な日々に心が納得せず離婚する。自分はなぜ空虚なのか。世間的には満たされたかに見える人生の中で、人を愛せない自分に物足らなさを思う。大学時代弄んだ同級生大津の噂に足はガンジス川に向かう。 

インドのバナラシは、ガンジス川の聖なる地。沐浴のために多くの人々が訪れ、死ぬために多くの人が来る。死の灰の中で身体を清め、生も死もどんな人生も引き受けてくれる。その象徴が女神チャームンダ像。人々の苦しんできたすべての病気に罹り、コブラやサソリの毒にも耐える。それなのに、喘ぎながら、萎びた乳房で乳を人に与えている。

  美津子の同級生大津は、権勢家の一族に生まれながら、世俗に興味がない。ただ、母の影響で神と共に生きていることを実感しながら育ってきた。美津子に舞い上がり、幸せな結婚を夢見るが、捨てられる。再び神を実感する彼はフランスに渡り神父を目指す。ところが、彼の神は「はたらき」であり、どこにでも、いつでも傍にいる。そんな考えが汎神論だとして、異端扱いされ、神父になれず、このバナラシで、金のないアウトカーストの死骸運びをしていた。

 そこに美津子たちの日本人ツアー一行がやってくる。その一人の傲慢な振る舞いは、地元民の怒りを買う。逃げ惑う日本人観光客に代わって、大津は地元民からの暴行を引き受ける。そして、あの世へ行こうとしている。もう休みなさいと神から召されるのかのように。

  一方、磯辺、沼田、木口、美津子は、全てを包み込むガンジスの流れに接し、これまでの流される生活ではない、生きる日々を思い出したかのように帰路に就く。

  「酔生夢死」という言葉がある。酔っぱらったように生きて、夢見心地に死んでいく、という意味でもないらしい。

  出典には、「高才明智といえども、見聞に膠するは、酔生夢死して、自ら覚らざるなり」

とある。*膠する(こうする):こだわる

  まじめに授業を受け、多くの読書を重ねるだけでは、いくら才能があっても、本当の人生は味わえませんよとのことらしい。

 我々は、この文明の中で、その文法、作法を所与のものとして理解し、それを絶対として学んで生きて行く。

  ところが、何かのきっかけで、大きな人生の問題にぶつかった時、理屈では超えられないものに気付く。

 ガンジス川に身を浸すことで全てが包み込まれる体験を自覚した成瀬美津子の姿を、我々への一つの答えとして遠藤周作は「深い河」で示したのかもしれない。

 

日峰

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