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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
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思わぬところで禅に出会う−瞬時・瞬時を切に生きる

コロナで生活が単調になる。

若い人に感染が多いが、この閉塞感を破ろうとする動きでもあろう。

私には朝の抹茶を点てるのが、ひとつのメリハリだ。

座ること、山小屋に行くこと、歴史に浸ることと結構刺激つくりの種はある。
 


山歩きも、ひとつだ。

昔、素人ながら日本アルプスにも登った。

興味を持って角田の本を読んだ。

ガイドのマルコさんが鎚〇で、かつて修行していた。

ケルトの歴史では、銀碗に描かれた神が座禅している。

釈迦と同じアーリア人だから当然か?

アメリカのIT業界でも禅が見え隠れする。

 

木戸開善(神戸禅会

posted by ただいま禅の修行中 | 14:30 | 神戸禅会 | comments(0) | - |
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