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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
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武蔵鐙(むさしあぶみ)と白山吹

 

本部道場塾生の富嶽です。

ほぼほぼ毎日お茶のお稽古があるのですが、今朝の床の間のお花は「武蔵鐙(むさしあぶみ)と白山吹」でした。

 

調べてみると「武蔵鐙」は昔、武蔵のあたりで作られた鎧に似たところからその名がついたそうです。

「鐙」とは、馬具の一つで馬の鞍の両わきにさげて足を踏みかけるもののことをいうそうで。

 

『伊勢物語』の13段に「武蔵鐙」という段があります。

 

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昔、武蔵なる男、京なる女のもとに「聞こゆれば恥づかし、聞こえねば苦し」と書きて、上書に「むさしあぶみ」と書きて、遣せて後、音もせずなりにければ、京より女

むさしあぶみさすがにかけて頼むには問はぬも辛し問ふもうるさし

とあるを見てなむ、堪へ難き心地しける。

問へば言ふ問はねば恨むむさしあぶみかゝる折にや人は死ぬらむ

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男が武蔵の国で新しい女と結婚し、もとの女に心苦しくもこれを告げる場面です。

 

鐙は馬具で両足を載せるものであることから、二股をかけているという意味とか、「武蔵逢ふ身」として男が武蔵で妻帯した身であることが掛かっているとか。

 

“いずれをとっても気を揉むことになる“意味あいで「武蔵鐙」は使われているようで、何やらコロナ騒動で揺れる緊急事態宣言をどうするかを悩む総理の心境にも当てはまりそうです。

 

宣言しても一方からは「経済が立ちゆかん」と責められ、しなければまた一方からは「感染が拡大する」と責められる……。

 

なんとも悩ましいところではありますが、どうせ責められるならやはり支持者の声の大きい方に落ち着くのでしょうか。

 

コロナに対して我々のできることは限られますが、何にせよ不安を煽るような情報には踊らされず「自分の身は自分の身で守る」気概を持って日々過ごしたいものです。

 

富嶽(中央支部) #茶道部

posted by | 21:59 | 中央支部 | comments(0) | - |
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