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人間禅での修行を実社会でどう生かしているのか。変化の激しい日々の暮らしの中で、どのように平穏な心を保つ精進を心掛けているのか。未熟ながら修行中の者が考えてみました。我々が日々学んでいる文献等については、「人間禅」のホームページをご参照ください。https://ningenzen.org
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己にもゆる


◎ 老いらくの己にもゆるや桃の酒

 

耕雲庵老大師の俳句の中にこのような一句があります。
この句をはじめて拝誦した時は、深い真意も分らず、句の醸し出す華やかな雰囲気に魅かれて愛唱していましたが、年齢を重ねるごとに味わいふかくなってきました。

 

「己にもゆる」とは、自主的な禅者の生き方をさりげなく示唆されておられ、主人公である自己が時には居眠りしていたり、意気消沈していないか、自らに警策を加え「よーし、燃えているぞ」と自らに返事をし、老いて猶たゆみなく己を錬磨されているお姿が目に浮かびます。

 

己にもゆる人とは、何か物事をなすにも自らが燃えて、そのエネルギーを周囲にも分け与えられる人であり、他人から言われて仕事をする、命令を待って動き出すのではなく、言われる前に自分から率先してやり、周囲の模範となるような能動性や積極性に富んでいる人のことを指していると思います。

しかし、人間にはいろいろのタイプの人がいます。

 

火を近づけると燃え上がる可燃性の人
火を近づけても燃えない不燃性の人
自分自らが燃える自燃性の人

 

このように自然にもえ上がる人もいますが、まわりからエネルギーを与えられても、少しも燃え上がらない人もいます。
仕事はもちろんのこと、禅の修行でも、趣味でも、それを持続するためにはエネルギーが必要であります。

 

では不燃性の人が、自燃性に人になるにはどうすればよいのでしょうか?
諺に“好きこそものの上手なれ” とありますように、今自分が打ち込んでいるものを「好き」になることです。
自分自身を励まし、そのことに燃え上がることで、エネルギーが湧き上がって来ます。
目前のことを嫌嫌やるより、全力を打ち込んで取組めば、おのずと好きになり道はひらけるものです。

 

他から見て大変な苦労も、自ら燃えてやれば楽しみになり、自信が生まれ、達成感が湧き喜びにもなりましょう。

 

禅の修行にしても、折角ご縁を得て入門してもいつの間にか初心を忘れ、些細なことを問題にして修行を中断したり、のらりくらりと修行していては勿体ないことです。
人生は「無常迅速」で歳月は人を待たずであります。
只今のこの一事の「己にもえる」ことです。
自我の愛着を根からたち切り、他に依って動かされることなく、幻を追うて生きている現状を打破して、ほんとうの自己を育てていくのが禅の修行であります。

 

「正法の禅」の人間禅は、人間形成を主とし、新しい時代に合わせて、全ての志ある人々に開放され、家庭や社会生活を営みながらの修行であります。
時には都合がつかずどうしても出来ないときもあるでしょうが、ほそぼそでも続けることが大切であり、この修行に命をかけることです。
継続することによって、智慧が磨かれ、命の尊さ、生きる力が湧いてきて、秩序立った生活、礼節も信もそして正義も確立されるものです。

 

人生で一番大事なことは、自分がやると決めた一つのことをやり続けることです。

 

私もなんとか八十路の坂を越えましたが、人間として生きることの尊さと法恩のありがたさに感謝の日々を送っています。

合掌
蓮昌庵 堀井妙泉 (栃木座禅会)#女性部

posted by | 16:30 | 栃木座禅会 | comments(0) | - |
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